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2025/05/24

halfway tale 62





 今年の公演もやっと半分を過ぎた。
 折り返し地点。
 此処から必要なのは、己の体力だけだった。
 何年も舞台に立たせてもらっている自分は、きちんとその事を知っている。
 けれど、守るべき座長は体力を過信し過ぎて不安になった。
 貴方のは、体力じゃなくて精神力です。
 何度言ってもふんわりと笑うだけ。
 舞台の上の煌めきを無に帰してしまうような柔らかな表情だった。
 今年も座長の体重係を務めている苦労人は、重い溜息を零す。
 それに同情するように、ダンサーが彼の肩をぽんと叩いた。


「光一君!これも食べて下さい!!」
「……えー、いらんって」
「こら、屋良!ちゃんと食え。これお前の分だからな」
「俺、こんなに食えねえって」
「おい、町田!好き嫌いすんな。栄養バランス考えて食えって言ってるだろ」
「……嫌いなんだよ」

 恒例の食事会。
 主要メンバーのテーブルが非常に騒がしい。
 騒いでいるのは、米花唯一人だけだったが。
 気の毒そうにそのテーブルを見詰める共演者やスタッフは、それでも自分の食事を楽しむべく視線を逸らした。
 彼らのマネージャーすら、二つ離れたテーブルで食べている。
 はあ、と溜息を零す米花が顔の割に物凄く優しい人間である事を、カンパニーのメンバーは全員知っていた。
 勿論、同じテーブルに座る同僚もそれは分かり過ぎる程に分かっている。

「米花も、食わなあかんやん。俺らの心配し過ぎやで」
「俺は放っといても食えるんで大丈夫です」

 光一の言葉を一蹴して、箸の止まっている彼の口へ直接焼けた肉を運んだ。
 餌付けをされた雛鳥は、その箸を拒まずに受け入れる。
 もぐもぐと美味しくなさそうに食べるのは癖だから、気にしなかった。

「光一君は、二月入って体重落ちちゃってるんですから、食べなきゃ駄目ですよ」
「……毎年、減るやん」
「今年こそは減らさないように、って思っている体重係の気持ちが分かりますか」

 自分も肉を口に運びながら、なるべく厳しく言う。
 何年経っても相変わらず自身に無頓着な人だった。
 脂で光る唇を幼い仕草で噛み締める。
 きら、と反射するそれは蠱惑的なのに、米花は惑わされる事もなくなってしまった。
 大事にしたい気持ちと、可愛がりたい気持ち。
 尊敬する心を上回った感情は、真っ直ぐ光一へ注がれていた。

「これから一キロだって減らしたくないんです、俺は」
「……あんま大事にしてくれんでええよ」
「貴方を大事にしないで、誰を大事にしろって言うんですか。座長がいなきゃ公演は続けられないんですよ」
「はぁい」

 大人しくなった光一に満足して視線を自分の右隣へずらせば、箸を置いた屋良が目に入る。
 こいつも食べなくなった。
 運動量がいつもと違うから食べられなくなるのも分からなくはないが、それでは体力が持たない。
 焼けたタン塩にレモンを掛けると、二、三枚皿に載せた。

「ヨネ~……ホントにもう良いって」
「食いなさい」
「お前、段々母ちゃんみたいになって来てる」
「母ちゃんでも何でも良いよ。屋良が食ってくれるんなら」
「食えねえんだって」
「お前な、唯でさえ細いんだからちゃんと食え。まだ折り返しなんだし」
「大丈夫だって」
「プロテインで補うな。ちゃんと食いもんで補給しろ」
「でもなあ、」
「屋良。光一君みたいになるぞ」

「……お前、それはないんちゃうの」

「うちのカンパニーに小食な男は一人で充分です。自覚はあるでしょ?」
「うぅ。俺だって、ええ大人やよ?」
「なら、ちゃんと食べて下さい。この間だって、立ちくらみ起こしてたくせに」
「あれは違うんやって!」
「言い訳は良いです。はい、食べて」
「……うー」
「ほら、屋良も。肉食えないんなら、ビビンバでも頼むか?」
「いや、無理」
「じゃあ、肉。ほら」

 面倒くさくなって、皿に載せたタン塩を直接屋良の口へ運んだ。
 雛鳥作戦が一番簡単だと言う事を周囲の同僚で実証している事の虚しさに、米花自身は気付いていない。
 嫌がる口許へ運ぶのも楽しくなって来て、無理矢理三枚食べさせた。
 ふう、と息を吐いて白米と肉を自分で食べる。

 こんな役どころになる予定じゃなかったのにな。
 自分で自分を一人前だなんて思っていない。
 未完成のまま大人と呼ばれる年齢になって、今もまだ不安定な未来を見詰めていた。
 それでも、気が付けば共に生きて来た人間が気になってつい手を伸ばしてしまう。
 人の事なんて、見てる場合じゃねえのにな。
 自嘲気味に笑ったのに、やっぱり気になってしまうのだ。
 自分で「仲間」と決めた人間は、何があっても見ていてやりたかった。
 己の力量とは関係ないところで、勝手に手が伸びる。
 斜め前に座る町田にも声を掛けた。

「町田」
「ん?」
「肉ばっかじゃなくて、そっちのサラダも食え」
「焼き肉屋来てんのに、野菜食わなくても良いじゃん」
「あのなあ、医者に何て言われた?きちんとした生活をして徐々に体重も体力も戻して行きましょうって、言われただろ」
「……もう戻ってるよ」
「戻ってねえよ。体重減ったまんまだし、体力メチャメチャ落ちてる」
「光一君の前で言わなくても良いだろ!」

 町田の隣に座る光一は、心配そうに黒目がちな瞳を向けていた。
 言葉の足りない人だから、声に出して心配する事なんてしない。
 年が明けて稽古に合流した時も、「頑張ろな」と言っただけだった。
 コンサートで空けた穴はどうしたって取り返せないけれど、少しでも埋めたい一心で頑張る町田を知っている。

「町田……」
「いや!もう、全然、全っ然元気なんです!ヨネが心配性なだけで!!」
「うん。元気なのは知ってる。でも、」

 言い淀んで少し瞳を潤ませた光一は、一瞬だけ目を伏せた。
 その仕草に町田が見とれるのを、米花は面映い気持ちで見詰める。
 彼の恋に近い羨望は、いつだって当たり前に光一へ向けられていた。
 演技でもネタでもない愛情は、米花に居心地の悪い気持ちを与える。
 恋人へ向ける愛よりも、余程純粋で真っ直ぐな感情だった。
 町田にとって、本当に堂本光一と言う人間は大切な存在なのだろう。

「はい」
「……え?」
「食べ」
「え」

 光一に見とれていた町田は、何が起きたのか分からずきょとんとした目を向ける。
 米花も屋良も、言葉を紡げずに唯二人の光景を見詰めた。

「サラダ、食べた方がええんやろ?」
「は、はい……」
「なら、食べ」
「あ、あの……光一君?」
「何やのー。俺にあーんされるの嫌?これなら食うかな思ったんに。……やっぱキショいかー」
「ちょっ!そんな事ないです!嬉しいです!!え、でも……え。良いのかな。俺、こんな事してもらって平気?死なない?」

 問われて、米花と屋良は顔を見合わせた。
 次の瞬間、堪え切れずに大笑いする。

「光一君、グッジョブ!」
「町田ー。死ぬなよー!でも二度と訪れないチャンスかもしんねえから、しっかりやってもらえ」
「じゃ、じゃあ!お願いします!!」
「町田。目ぇつぶらんでもええんちゃうの」
「いや、でも!」
「ほら、あーん」
「っうわ!!」
「ひゃは。やから言ったやろ。目はつぶらんでええって」

 サラダを摘んだ箸ではなく、顔を近付けた光一はいたずらっ子の表情で笑う。
 あーあ、町田の寿命絶対縮んだな。
 可哀相に、と米花は思って、でもこれでサラダが食べられるなら先の事はどうでも良いかと思う。
 とりあえず、当面の目標は体力の回復なのだ。
 サラダを食べさせる遊びに目覚めた光一は、それから暫くの間町田で遊んでいた。
 絶対に味なんか分からず飲み込んでいる町田の瞳には涙が溜まっている。
 嬉しさが高まり過ぎて恐慌状態に陥っていた。
 その様子を眺めながら米花は、後もう少し頑張ってお母さん役に徹しようと心を決める。

 自分の足許なんてどうでも良いと思えるような、大切な人達。
 未来が怖いものであっても、こんなに大切な存在がいる自分は多分幸せだと思うから。


 食事会を終えると、それぞれ迎えのタクシーを待つ為に外へ出る。
 相変わらず光一の周りは事務所の人間に囲まれていて、外にいるのに完璧に守られていた。
 その輪の中に入る事は出来ず、屋良と町田と三人で夜の風に吹かれる。
 最初に来たタクシーに乗り込むのは決まって光一だった。
 わずかの時間しか外にいられない事に、そっと胸を痛める。

 時々、彼は囚われの姫君なのかも知れないと思う瞬間があった。
 我ながら頭が悪いと思うけれど、普通の生活を知らない彼は社会的地位を手に入れている筈なのに、可哀相な子供に見える。
 三人の会話の狭間に、ふと振り返った。
 光一は見えない。
 人間の壁に囲まれて、彼は何を思うのだろう。
 あんな風に笑う人なのに。
 店の中では感じない世界の差を思い知る。

 白い息を吐き出しながら、タクシーを待った。
 二、三分で最初の車が到着する。
 今日は一人で帰るのだろうか。
 マネージャーもさすがにタクシーへは乗り込まない筈だった。
 囲まれながら歩いて来た光一は、相変わらず俯いている。
 それが可哀相で、少し離れた場所から声を掛けた。

「お疲れ様です」
「……米花」

 顔を上げた光一は、笑おうとして失敗する。
 しょうがないな、と笑ってみせれば不意に彼が走り出した。

「え……」
「米花」
「光一君?」

 駆け寄って来た光一に見詰められて戸惑う。
 僅かに寄せた眉。
 困ったようにも怒ったようにも見える表情だった。

「米花、」
「何なんですか?タクシー来てますよ?」
「あんな……」
「はい?」
「……米花」

 ふわ、と冷えた両手で右手を包まれた。
 大事なものに触れる仕草。
 他人との接触を拒む彼がプライベートでこんな事をするのは珍しい。

「光一君?」
「……いつも、ありがと」
「……っ」
「手、こんなんなってもうたな。ごめん……いつも思ってる」

 視線を落とした掌には、無惨につぶれたマメの痕があった。
 何度練習しても、あいつのようには出来ない。
 それが悔しくて悲しくて、俺には役不足だと言われているみたいだった。
 光一を支える事は出来ないのだと。

「光一君……」
「ありがと。さっき、言ってくれたよな。俺がいなきゃ公演は続けられないって」
「はい」
「それは、お前も一緒やよ。ヨネがいなきゃ、俺、体調管理出来へんもん」

 掌を撫でた後、光一はふわりと笑んだ。
 整い過ぎた顔が感情を持って崩れる瞬間が好きだ。
 同じ人間なのだと思うと、安心した。

「光一君!タクシー出しますよ!」
「はーい。じゃ、な。お疲れ様」

 もう次の瞬間には自分の手を離れて駆け出してしまった。
 呆然としたまま、掌を見詰める。

「ヨネ」
「……ああ」
「頑張ろうな」
「ああ」

 身体を寄せて囁いた二人が、そっと肩を抱いた。
 大切な存在、大切な仲間。
 大切な、本当に大切な舞台だった。
 二ヶ月間を無事に過ごす事。
 その役目を自分が負えるのなら。
 何て幸せなのだろうと、米花は笑った。

 掌には、彼の信頼がある。



もしかしなくても、今年の米花さんは大変だろうなあと。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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