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「つよ」
楽屋の隅からぽつりと呼んでみる。
小さな声で、しかも離れた距離から掛けた言葉に、何て事のない仕草で振り向くこの人がやっぱり好きだと思った。
「何や、眠くなってもうた?」
「ううん」
相変わらず、子供を相手にするような話し方で近付いて来る。
化粧台とロッカーの隙間に嵌まるように座っていた自分の前に屈んで、膝に掛けていたタオルケットを丁寧に直してくれた。
その指先の優しさにたまに泣きたくなる。
もう感情の零し方なんて忘れてしまったから、唇を噛む程度の僅かなものにしかならないけれど。
「つよし」
「ん?」
「つよ」
「何やの、光ちゃん。甘えん坊さん?」
「違う」
どんな風に取り繕ってもこの人の前では、自分の弱さや脆さが全部表れてしまうのを知っている。
けれど、いつまでたっても恥ずかしさは消えなかった。
それすら見通して、剛は笑う。
全部包み込むみたいな穏やかな表情で。
「僕にどうして欲しいの」
「……て」
「て?」
「ん」
そっと右手を差し出せば、迷わず受け止めて握り締めてくれる。
「手?」
「うん」
剛の繊細な指先が甲をなぞって、やがてしっかりと指の隙間を埋めるように絡められた。
一人でいる事には慣れた筈なのに、自分の体温だけで大丈夫だと思える時もあるのに、どうしてもこの人の温度が欲しくなる瞬間がある。
全てを諦める事を覚えた自分の中に残った我が儘な部分。
彼が許してくれるから、この時だけは子供のままでいられた。
「もうすぐ、冬やなあ」
指先を繋げて、剛が静かに呟く。
優しい音階ではなかった。
寂しさを残したその声音は、きっと自分を心配してくれているのだろう。
「そうやな。冬やね」
「……大丈夫か?」
「何が?」
「光一」
とぼけて見せれば厳しい表情を作る。
その真摯さに、愛されている事を知るのは狡い事だった。
「嘘、ごめん」
「お前なあ、」
「剛は、いてくれるやろ?」
「光一……」
「お前がいてくれるんなら、俺は何処でも平気や」
笑ったつもりの表情が、僅かに歪んでしまったのを剛に悟られた。
阿呆、と忌々しげに吐き出した後右手を引かれて、温かい腕の中に閉じ込められる。
剛の匂い。剛の体温。剛の抱く腕の強さ。
全部、飽きる程に記憶してしまった。
絶対に間違える事はない。
彼が傍にいるのなら、自分は生きる事を恐れないで済んだ。
生きて行ける、と何の躊躇もなく思う。
「お前だけは離さへん。そんなん、ずぅっと前から決めてるわ」
「うん。やから、大丈夫」
「光一」
こめかみに唇を押し当てて、そっと囁かれた。
間違った感情でも構わない。
誰に何を言われても良かった。
けれど、愛しているのだと。
この小さな空間だけが呼吸の出来る場所だった。
「お前が嫌がっても、お前がじいさんになっても。死ぬまで、」
一つ息を飲む剛の優しさが心地良い。
死の先なんて、とっくに知っているのに。
「死ぬまで、傍にいる。ずっと、永遠に愛してる」
「ありがと」
呼吸に紛れてしまうような弱い声を、剛は咎めない。
背中に回した腕に力を込めて縋れば、優しい呼吸が零れた。
溜息よりも温かい、けれど僅かに呆れを含んだ吐息。
「安心しぃ。俺はお前より先に死なん」
「うん」
「……あかんなあ」
「なに?」
「今此処で押し倒したなる」
「阿呆」
小さく小さく囁かれた言葉には、いつまでたっても慣れない。
耳が熱くなるのを感じて、どうにか取り繕おうと足掻いた。
どうせ全部ばれているのだけど。
「キンキさーん!スタンバイお願いしまーす!」
「あ、ほら」
扉の外から叫ばれた声に、慌てて身体を離した。
「つよ、仕事!」
「はいはい。ったく、先に甘えて来たんはどっちやっちゅーねん」
用意された靴を履きながら、後ろでぼやく剛の声を聞く。
それに小さく笑って、楽屋の扉を開けた。
「あれ、」
「おお、支度出来たか?」
扉の外には、何故かマネージャーが立っている。
先刻電話が鳴って出て行ったっきり帰って来なかったのに。
見上げれば、優しい瞳で見詰められた。
この人も大概自分に甘いと思う。
「どうだ?充電完了したか?」
「あ……」
「他の人が入れなくなるから、楽屋では程々にしなさいね」
「……」
「程々やったやん。ちゅーもしてへんで。なあ、光ちゃん?」
後から出て来た剛が、明るい声で割り込んで来る。
敵わないなあと思った。
必要な言葉は全部、剛が持っている。
「ちゅーなんかしてたら、俺が速攻で入って行くよ」
「やろ?ちゃんと考えてるもん」
「じゃあ、ちゃんとこの子にも考えさせるようにして下さい」
「ええの。俺が計っとれば」
二人の会話に入る事が出来ないまま、スタジオに向かう。
自分を間に挟んで好き勝手な事を言われているのに、腹が立つけど嫌じゃなかった。
甘やかされている事を知るのは、余り得意じゃないけれど。
「ほら、光ちゃん。行こか」
「あ、剛!こんなとこで手繋ぐな!」
先刻と同じように絡んだ指先の温かさに笑んで、後ろから聞こえるマネージャーの声には知らない振りをした。
どうせ自分達の関係なんて、他の人間には分からないのだから。
強過ぎるライトの当たる場所へ、剛と二人向かって行く。
怖くなかった。
この手があれば、自分は多分もう泣かなくて済む。
つよし、と小さく呼んだら簡単に振り返った。
言葉は渡さず笑顔だけを向けると、全てを理解したように頷いてくれる。
そっと離した指先には、剛の体温が残っていた。
大丈夫だと強く思う。
この気持ちが一つあれば、自分は生きていられた。
剛の隣に座って、一度目を閉じる。
生きて行く為に。
巡る季節を恐れない為の呪文。
えいえんに、あいしてる。
たまには優しいお話を。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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