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鍋をしよう、と酔狂な事を剛が言い出した。
何処かに食べに行くのかと思えば、そうではないらしい。
仕事の上がりは一緒だったのに一度別れた剛は、沢山の荷物を抱えて光一の部屋へ上がり込んで来た。
「何、その荷物……」
「どうせ光一ん家、鍋セットなんてないやろ」
「当たり前やん、一人なんやから。てゆーか、鍋食いに行こうとかそう言う話やないの?」
「阿呆か、家でのんびりほかほかやんのが鍋やっちゅーねん。店でやっても面白ないわ」
そんな相変わらず光一には良く分からない持論を展開して、剛は上着を脱ぐとすぐに台所に立った。
話の展開に付いて行けない光一は、呆然としてそれからほとんど無意識のままソファに放られたコートをハンガーに掛ける。
確かに、剛は最近自分を構うのが好きだった。
携帯の着信履歴に彼の名前が増えた事がその証拠だ。
どうやらそのブームは周期的に訪れるらしく、何年か前の時は「お前に似合うと思って」と言っては服を買って来る事があった。
今回は、多分「社交的な光一作り」と言ったところか。
家に押し掛けて来てご飯を食べる事もあるけれど、剛の友達と一緒に飲みに行かされたり、二人きりで東京を離れた所まで行ってみたり。
家に閉じこもりがちな自分を心配してくれているのは分かっている。
でも、三十年弱生きて来て今更早々変えられるものではなかった。
一つ息を吐き出して、テーブルの上を片付ける。
剛に構われるのが心地良い自分、と言うのが一番問題だろう。
「相方」なのか「恋人」なのか良く分からない距離に落ち着いて、もう何年も経つ。
友人より遠い距離にいる事もあれば、世の中の恋人の定義を超えた距離まで近付いて来る事もあった。
不思議だな、と台所に立つ背中を見ながら思う。
一緒にいる事がもう当たり前ではない場所まで来てしまったのに、自分では余り使う事のない場所で動いている剛の姿に安心した。
一人になる事はないのだと信じられる。
「光ちゃん?」
振り返りもせずに、でも確信を持って名前を呼ばれた。
こいつ、背中に目でもついてんのかなと思いながら野菜を切っている剛に近付く。
「ん?」
「もう出来るから、カセットコンロ用意してくれる?」
「分かった。どれ?」
「その青い紙袋ん中」
バッグの隣に置かれた袋を取って、テーブルの上に言われるまま用意した。
箸も取り皿も準備出来ているから、後は剛が鍋を持って来てくれればおしまいだ。
「あ」
「何、光一?」
「ビールで良い?」
「ええよ」
冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して、取り皿の隣に置いた。
二人で食べる食事に慣れてしまったけれど、相変わらず冷蔵庫の中には飲み物位しか用意されていない。
空っぽの冷蔵庫を覗いては、剛に苦笑されるのにも慣れた。
「はい、出来たでー」
「お、あんがと。今日は何?」
「剛さん特製キムチ鍋ー」
湯気を立ち上らせた鍋は真っ赤になっている。
剛の料理が一般的に美味しいのかどうかは分からなかった。
母親の味よりもしかしたら慣れてしまった味付けは、今更何の違和感も持たない。
豪華なレストランに連れて行ってもらうよりも、剛のご飯が良いと言ったら付け上がるだろうから言わないけれど。
「よし、じゃあ食べよか」
「うん」
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせて一緒に食べ始めるのも、剛がつけてくれた癖だった。
一人で生きていたら身に付かなかった事が、自分と剛の間には沢山ある。
「ほら、皿貸してみ。よそったるわ」
「ん」
当たり前に伸ばされた手に取り皿を渡した。
これはお互いが持っている癖だと思う。
きちんと分担分けはされていて、剛が作った料理は剛が外で食べている時は光一が取り分ける事になっていた。
二人にしかないルールが、時々気分を楽にさせる。
愛されていると言う安心感だろうか。
「はい、今日は光一の嫌いなもん何も入ってないから、何でも食べれるで」
「うん、美味そう」
「やろ?絶対美味いで」
「いただきまーす」
「食べなさい食べなさい」
鷹揚に笑った剛に笑顔を返して、食べ始めた。
食卓の話題は、本当に他愛もない事ばかり。
仕事の話をしている時もあるし、互いには分からない趣味の話をする事もあった。
分かっていないのに、一生懸命話すし一生懸命聞いてしまうのは世界に互いしかいなかった頃の名残かも知れない。
剛自慢のキムチ鍋は、彼らしく余り辛くなくて鍋を埋め尽くす赤さとのギャップに笑ってしまった。
見た目の派手さと中身の穏やかさ。
剛みたいだな、と思って自分も大概病気だなと反省する。
何でもかんでも彼自身に結びつけてしまうのは悪い癖だった。
「光ちゃん、お腹一杯?」
「うん。もう充分。美味しかった」
「これからおじやするつもりなんやけど」
「えー無理。絶対入らん」
「えー。鍋の仕上げはおじやちゃうのー?」
「無理。絶対無理」
「……じゃあ、明日の朝」
「朝から米なんか食えるか」
「お前の小食は時々哀しくなるなあ」
落ち込んだ声で呟かれて焦るけれど、食べれない物は食べれないのだから仕方ない。
普段から考えれば良く食べているのは剛にも分かっているだろうに。
「結構食べたで」
「まあなあ、いつもよりはなあ」
「やろ?美味しかった。剛はええ旦那さんになるで」
「それは、現在の評価って事で良いんですかね?」
「え」
「俺はずっと、光ちゃんの旦那さんのつもりやけど?」
相変わらず平気な顔で恥ずかしい事を言われて、鍋の熱気とは別の熱さが頬を襲う。
居た堪れなくて、右手で目許を隠した。
「違うの?」
「……俺に答えを求めるな」
「他に誰に求めりゃ良いのよ」
「……うー」
「違う?」
「……そう、やけど」
「なら、ええやん。俺は、光ちゃんのええ旦那さん?」
「……うん」
頷く以外に方法はなくて、目を合わせないまま答えた。
自分の不用意な一言がこんな言葉を言わせているのだから、仕方ない。
苦手なのを分かっていてわざと言わせる剛は意地悪だった。
「光ちゃん」
「なに」
「大好き」
「……はいはい」
「つれないなあ」
「つれて堪るか」
精一杯の強がりは、椅子を立った剛の右手に遮られた。
伸ばされた指先が頭を撫でて、座ったままぎゅっと抱き締められる。
他人の体温は好きじゃなかった。
ずっと心地良いのは剛だけ。
「もっと一緒にいような」
「一緒にいるやん」
「光一さんは一人の時間も好きやから、僕なりに気を遣ってる訳ですよ」
「別に、」
一緒にいても良いと言い掛けて、言葉を飲んだ。
剛ばかりになるのは怖い気がする。
一人に戻った瞬間に立っていられなくなりそうで。
「ええのよ。光ちゃんとは別々の時間必要やと思うし。でも、一番に傍にいてな」
「ずっと、一番、やもん」
「そうでした」
腕の中なら少しだけ素直でいられる。
きっと、剛の素直な感情が流れ込んで来るせいだ。
未来を願わない自分が、彼との事でだけは強気になれる。
多分一生一緒にいるんだろうと朧げにでも考えられるのは、幸福な事だった。
「剛」
「なぁに?」
「美味しかった」
「ありがと」
「また作ってな」
「お安い御用です」
「明日、頑張れたらおじや食べる」
「はは、あんま無理せんでもええけど。期待してるわ」
「うん」
「じゃ、一緒に風呂入ろか?」
「うん」
抱き締めた剛の体温が心地良かったから、素直に頷いた。
身を委ねても怖くない。
一緒にいる事すら怖かった昔があった。
沢山苦しんで沢山の痛みを抱えて、今の二人がある。
願わくば、未来の時間もこんな風に優しいものでありますように。
祈る事すら禁じた過去を思い出しながら、剛の手に引かれて浴室へと入った。
其処にもきっと温かくて幸福な空間が用意されている。
今日は、良い夫婦の日と言う事で。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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