[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
- Newer : halfway tale 58
- Older : halfway tale 56
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
光一が感情的な涙を流す事はほとんどない。
それが彼の生き方であって、自身を保つ為の楯だった。
強い人ではない。
弱みを見せない事で、この世界を生き抜いているだけだった。
「……光一?」
「あ……ごめ、起きてもうた?」
「何、お前」
同じベッドで眠れる夜は、いつでも優しいものだ。
身体に掛かる負担を最小限にして抱き合った後、手を繋いで眠った。
穏やかな顔で眠っていたのに。
上半身を起こした光一は、涙を零している。
「ああ、何やろ。分からん」
「分からん、てお前。ものごっつ泣いてるやないか」
「うん。目が温い思て目覚めたら、こうなってた」
「怖い夢でも見たんか?」
「阿呆か。子供ちゃうわ」
慌てて起き上がって、光一の頬を拭った。
確かに怯えた顔も悲しい顔もしていない。
コンタクトを外し忘れたのかとも思ったけど、風呂に入る前に外させた。
訳が分からないと言う顔で、顎を伝う滴にどうする事も出来ないでいる。
泣く事に慣れていない人だった。
心が痛んでいないのなら良いけれど、やっぱり不安になってそっと抱き締める。
「何?つよ。平気やで」
「俺が平気やないの」
「もぉ、相変わらず心配性やなあ」
困ったように笑った気配があって、同じように抱き返された。
ぎゅっと背中を掴む手が幼い。
自分の前で大人になる必要はないのだと何度も教えて来た。
繕わないで全部見せて。
甘えて。
懐いて。
俺以外の奴のとこなんか行かないで。
我儘な言い分だった。
こうして甘える光一と、その傲慢を通す自分と果たしてどちらが大人だったのか。
問い詰める人間は誰もいないから構わないけれど。
「多分なあ、目渇いてたんちゃうか?」
「寝てんのに?」
「半目剥いてたとか」
「嫌やわ、そんな光ちゃん。てゆーか、見とったけど相変わらず天使見たいな寝顔やったで」
「……お前、絶対阿呆や。気持ち悪いやっちゃなあ」
「何とでも言って下さい」
温かい身体を腕の中に納めると安心する。
こいつは俺のもんや、と公言出来る訳ではなかった。
いつでも自分達は互いの愛情だけで生きている。
誰に認められる事もなく、信じられる約束も持たずに。
だから、いつでも愛情が問われる。
それだけが、信じるものだった。
「ホンマに怖い夢見たんちゃうの?」
「……夢なんて、覚えてへんよ」
微妙なニュアンスと躊躇った息遣いに、違和感を覚えた。
彼は嘘を吐くのが苦手だ。
言葉で誤摩化す位なら、無言を貫く。
汚濁に塗れた生活の中で、内面の潔癖を守る為に身に着けた手段だった。
「平気やから、剛もう寝ぇ。お前、明日早いやろ」
「あんな、光一」
はあ、とわざとらしく溜め息を吐いて、少しだけ身体を離す。
この恋人は相変わらずと言うか、何と言うか。
涙は留まる事を知らずに、今もその綺麗な双眸から零れて行く。
「ん?」
「自分の恋人が夜中に泣いてんのに、平気で寝れる男が何処におるっちゅーねん」
「別に、」
「光一。どんな夢見たん?」
「……覚えてへん」
「光ちゃん」
「知らんもん」
頬を膨らませる様は、まるで子供だ。
強情なのは知っているが、こんなに素直に拗ねる事はないので何だか嬉しくなった。
目が覚めてそんなに時間が経ってないから、もしかしたら寝惚けているのかも知れない。
柔らかな頬に口付けて、体内にある何かを追い出そうとした。
お前が抱えてるのは、何?
お前のもんは、俺のもんや。
一緒に生きて行く以上、お前だけに抱えさせるものは何もない。
「……ホンマに覚えてへんの」
「少しはあるやろ?目、覚ました時どんなやったとか」
「ええよ、涙なんてその内止まるわ。俺がまだ枯れてへんって事が証明された訳やしな」
「光一」
「……剛は過保護や」
「ええやん。何があかんの?」
「俺が駄目んなる」
「駄目になったらええ。俺が嫌や言うたか?」
「俺があかんの」
「こんな泣いてて言う台詞か」
「っ……ちょ!んん!」
強引に口付けて、吐息を奪った。
ショック療法、と言う程の考えがあった訳ではない。
唯、彼の内面に枯渇する何かがあるのだとしたら、それを潤わせるのは自分の役目と言うだけだ。
深いキスは、彼を蕩けさせる。
全身の力が抜けて、彼の身体が支えを失った。
しっかりと抱き留めて唇を離すと、最後に額に口付ける。
「な?泣いてる理由」
「っ、阿呆や……はぁっ。寝起きの癖に……っ何でこんな元気やねん」
「光一さん相手やったら、二十四時間稼働ですよ」
「そんな機能いらん」
「で、何やの」
「……覚えてないんやって」
「此処にあるもんだけで良いから」
心臓に掌を当てて、じっと見詰めた。
この目に弱い事を充分自分は知っている。
「……空っぽ、やった」
「空?」
「ん。なぁんにもないの。俺だけいるの」
「うん」
「寂しくなかった。怖くなかった。でも、嫌やった」
「そか」
恐怖や孤独と言う感情を抱えている癖に、光一は自身の内面を知ろうとしない。
強情に平気だと言い張る彼の強さは好きだけれど。
零れる涙が、完全にそれを裏切っていた。
要するに、感情の許容量オーバーと言う事だ。
「つよし、いなくて。真っ暗やった。何処、行ったらええの?剛いないのに、行く場所なんか分からん」
「うん。そうやな」
「手」
「手?」
「欲しい。俺を置いてくなや」
胸に額を押し当てて言う光一の声音に、抑え切れない悲しみを知る。
四六時中一緒にいられる訳ではなかった。
子供のままではいられないと知り、納得もしているのに感情が追い付いていない。
光一は、出会った頃の臆病な少年を今も胸の裡に住まわせていた。
迷子の子供。
俺の手しか信じない臆病な子供。
今も彷徨い続ける少年を捕まえるべく、彼の冷たい手を握った。
「この手、欲しかったん」
「夢ん中は見付からなかった?」
「うん。嫌やの。此処におって」
「いつでも、おるやんか。お前んとこ以外におるとこなんかない」
「ん。分かってるつもりやねん」
噛み締める言葉は、恐らく自身に向かって言っている。
怖がりで気丈で、愚かな子供。
俺の腕の中に素直に落ち着いてしまえば良い。
「大丈夫や。俺は此処にいる。お前も此処にいる。何にも不安はないよ」
「うん。知ってる」
「泣かんでええの。俺の名前呼べばええ」
「つよし」
「はい」
「つよし」
「はい」
「つよ」
「良く出来ました。泣き止ませてあげる」
言って、指先を絡めたままその薄い身体を押し倒した。
見上げる瞳は痛々しい程に赤い。
寂しいと死んじゃうんやっけな。
白くてふわふわの毛並みを思い出して、小さく笑った。
湿った頬にそっと唇を落とす。
「おまじない、な」
今度は首筋にキスをして、丁寧に身体の線を辿って行った。
光一の恐怖が消えるまで。
泣かせる為ではなく、泣き止ませる為の行為。
柔らかな口付けを繰り返して、身体の力を抜かせた。
真っ赤な瞳がとろんとする頃、もう一度耳元で囁く。
「何処にも行かん。ええ夢見ような」
「……ん」
「おやすみ」
眠りに落ちて行く瞬間を見届けて、それから暫くもキスを続けた。
溢れ出た孤独が癒えれば良い。
痛みを無視する光一の身体が傷付かないように。
明日の朝も気丈に笑えるように。
彼が悲しむ瞬間には必ず傍にいたいと願った。
いや、本気で泣かない子だろうと思ってますけどね。
←back/top/next→
2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
COMMENT
COMMENT FORM
TRACKBACK