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2025/08/14

halfway tale 57





 光一が感情的な涙を流す事はほとんどない。
 それが彼の生き方であって、自身を保つ為の楯だった。
 強い人ではない。
 弱みを見せない事で、この世界を生き抜いているだけだった。
「……光一?」
「あ……ごめ、起きてもうた?」
「何、お前」
 同じベッドで眠れる夜は、いつでも優しいものだ。
 身体に掛かる負担を最小限にして抱き合った後、手を繋いで眠った。
 穏やかな顔で眠っていたのに。
 上半身を起こした光一は、涙を零している。
「ああ、何やろ。分からん」
「分からん、てお前。ものごっつ泣いてるやないか」
「うん。目が温い思て目覚めたら、こうなってた」
「怖い夢でも見たんか?」
「阿呆か。子供ちゃうわ」
 慌てて起き上がって、光一の頬を拭った。
 確かに怯えた顔も悲しい顔もしていない。
 コンタクトを外し忘れたのかとも思ったけど、風呂に入る前に外させた。
 訳が分からないと言う顔で、顎を伝う滴にどうする事も出来ないでいる。
 泣く事に慣れていない人だった。
 心が痛んでいないのなら良いけれど、やっぱり不安になってそっと抱き締める。
「何?つよ。平気やで」
「俺が平気やないの」
「もぉ、相変わらず心配性やなあ」
 困ったように笑った気配があって、同じように抱き返された。
 ぎゅっと背中を掴む手が幼い。
 自分の前で大人になる必要はないのだと何度も教えて来た。
 繕わないで全部見せて。
 甘えて。
 懐いて。
 俺以外の奴のとこなんか行かないで。
 我儘な言い分だった。
 こうして甘える光一と、その傲慢を通す自分と果たしてどちらが大人だったのか。
 問い詰める人間は誰もいないから構わないけれど。
「多分なあ、目渇いてたんちゃうか?」
「寝てんのに?」
「半目剥いてたとか」
「嫌やわ、そんな光ちゃん。てゆーか、見とったけど相変わらず天使見たいな寝顔やったで」
「……お前、絶対阿呆や。気持ち悪いやっちゃなあ」
「何とでも言って下さい」
 温かい身体を腕の中に納めると安心する。
 こいつは俺のもんや、と公言出来る訳ではなかった。
 いつでも自分達は互いの愛情だけで生きている。
 誰に認められる事もなく、信じられる約束も持たずに。
 だから、いつでも愛情が問われる。
 それだけが、信じるものだった。
「ホンマに怖い夢見たんちゃうの?」
「……夢なんて、覚えてへんよ」
 微妙なニュアンスと躊躇った息遣いに、違和感を覚えた。
 彼は嘘を吐くのが苦手だ。
 言葉で誤摩化す位なら、無言を貫く。
 汚濁に塗れた生活の中で、内面の潔癖を守る為に身に着けた手段だった。
「平気やから、剛もう寝ぇ。お前、明日早いやろ」
「あんな、光一」
 はあ、とわざとらしく溜め息を吐いて、少しだけ身体を離す。
 この恋人は相変わらずと言うか、何と言うか。
 涙は留まる事を知らずに、今もその綺麗な双眸から零れて行く。
「ん?」
「自分の恋人が夜中に泣いてんのに、平気で寝れる男が何処におるっちゅーねん」
「別に、」
「光一。どんな夢見たん?」
「……覚えてへん」
「光ちゃん」
「知らんもん」
 頬を膨らませる様は、まるで子供だ。
 強情なのは知っているが、こんなに素直に拗ねる事はないので何だか嬉しくなった。
 目が覚めてそんなに時間が経ってないから、もしかしたら寝惚けているのかも知れない。
 柔らかな頬に口付けて、体内にある何かを追い出そうとした。
 お前が抱えてるのは、何?
 お前のもんは、俺のもんや。
 一緒に生きて行く以上、お前だけに抱えさせるものは何もない。
「……ホンマに覚えてへんの」
「少しはあるやろ?目、覚ました時どんなやったとか」
「ええよ、涙なんてその内止まるわ。俺がまだ枯れてへんって事が証明された訳やしな」
「光一」
「……剛は過保護や」
「ええやん。何があかんの?」
「俺が駄目んなる」
「駄目になったらええ。俺が嫌や言うたか?」
「俺があかんの」
「こんな泣いてて言う台詞か」
「っ……ちょ!んん!」
 強引に口付けて、吐息を奪った。
 ショック療法、と言う程の考えがあった訳ではない。
 唯、彼の内面に枯渇する何かがあるのだとしたら、それを潤わせるのは自分の役目と言うだけだ。
 深いキスは、彼を蕩けさせる。
 全身の力が抜けて、彼の身体が支えを失った。
 しっかりと抱き留めて唇を離すと、最後に額に口付ける。
「な?泣いてる理由」
「っ、阿呆や……はぁっ。寝起きの癖に……っ何でこんな元気やねん」
「光一さん相手やったら、二十四時間稼働ですよ」
「そんな機能いらん」
「で、何やの」
「……覚えてないんやって」
「此処にあるもんだけで良いから」
 心臓に掌を当てて、じっと見詰めた。
 この目に弱い事を充分自分は知っている。
「……空っぽ、やった」
「空?」
「ん。なぁんにもないの。俺だけいるの」
「うん」
「寂しくなかった。怖くなかった。でも、嫌やった」
「そか」
 恐怖や孤独と言う感情を抱えている癖に、光一は自身の内面を知ろうとしない。
 強情に平気だと言い張る彼の強さは好きだけれど。
 零れる涙が、完全にそれを裏切っていた。
 要するに、感情の許容量オーバーと言う事だ。
「つよし、いなくて。真っ暗やった。何処、行ったらええの?剛いないのに、行く場所なんか分からん」
「うん。そうやな」
「手」
「手?」
「欲しい。俺を置いてくなや」
 胸に額を押し当てて言う光一の声音に、抑え切れない悲しみを知る。
 四六時中一緒にいられる訳ではなかった。
 子供のままではいられないと知り、納得もしているのに感情が追い付いていない。
 光一は、出会った頃の臆病な少年を今も胸の裡に住まわせていた。
 迷子の子供。
 俺の手しか信じない臆病な子供。
 今も彷徨い続ける少年を捕まえるべく、彼の冷たい手を握った。
「この手、欲しかったん」
「夢ん中は見付からなかった?」
「うん。嫌やの。此処におって」
「いつでも、おるやんか。お前んとこ以外におるとこなんかない」
「ん。分かってるつもりやねん」
 噛み締める言葉は、恐らく自身に向かって言っている。
 怖がりで気丈で、愚かな子供。
 俺の腕の中に素直に落ち着いてしまえば良い。
「大丈夫や。俺は此処にいる。お前も此処にいる。何にも不安はないよ」
「うん。知ってる」
「泣かんでええの。俺の名前呼べばええ」
「つよし」
「はい」
「つよし」
「はい」
「つよ」
「良く出来ました。泣き止ませてあげる」
 言って、指先を絡めたままその薄い身体を押し倒した。
 見上げる瞳は痛々しい程に赤い。
 寂しいと死んじゃうんやっけな。
 白くてふわふわの毛並みを思い出して、小さく笑った。
 湿った頬にそっと唇を落とす。
「おまじない、な」
 今度は首筋にキスをして、丁寧に身体の線を辿って行った。
 光一の恐怖が消えるまで。
 泣かせる為ではなく、泣き止ませる為の行為。
 柔らかな口付けを繰り返して、身体の力を抜かせた。
 真っ赤な瞳がとろんとする頃、もう一度耳元で囁く。
「何処にも行かん。ええ夢見ような」
「……ん」
「おやすみ」
 眠りに落ちて行く瞬間を見届けて、それから暫くもキスを続けた。
 溢れ出た孤独が癒えれば良い。
 痛みを無視する光一の身体が傷付かないように。
 明日の朝も気丈に笑えるように。
 彼が悲しむ瞬間には必ず傍にいたいと願った。



いや、本気で泣かない子だろうと思ってますけどね。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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