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ソファの上に二人で座って、そっと剛が指先を取る。
テーピングの巻かれた不格好な親指を撫でて、小さな溜め息を零した。
「もぉ、痛ない?」
「うん、平気やよ。爪ないと気持ち悪いからそのまんまにしてるけど。大分生えて来たし。撮影ん人は困ってるかも知れないけどなあ」
舞台が終わって、そのままドラマの撮影に入った光一は、申し訳なさそうに笑った。
ステージは生き物だ、と彼は恐れずに言う。
その言葉に全てのアクシデントを飲み込ませて、平気な顔で立ち続ける強い人だった。
其処で起こる全ての事に一つ一つ対処して、共演者のフォローまでこなす。
気が付けば、光一は手の届かない場所に立っていた。
舞台に立ち始めた頃は、一緒にいられなくても俺が守らなければいけないのだと強く思っていたのに。
共演者の先輩に頭を下げて、頻繁に楽屋に出入りをする。
それでも不安な瞳を隠そうともしない恋人に、秘密の魔法を掛けた。
唇でも手の甲でも、尖った肩の先でも旋毛でも何処でも構わない。
小さなキスを落とす。
触れる体温でゆっくり落ち着きを取り戻して行く光一は綺麗だった。
あの、不安の塊の子供はもういない。
今は唯強く前を向いて、カンパニー全体を引っ張っていた。
彼らの力を借りて。
「舞台終わってもうたんやね」
「多分来年もあるで」
「ホンマに凄いやっちゃなあ」
「俺は凄ないよ。皆が頑張ってるから、俺も頑張らせてもらってるだけや」
変わらない謙虚さは、彼の強みだと思う。
すぐ傍にいる人間に深く愛される理由は、この素直さにあった。
遠くにいては頑なさやあまのじゃくばかりが目につく人だけど、彼の核心に触れられた人間は間違いなくその魂ごと愛しいと思う。
自分だけの宝物は、もう何処にもなかった。
「俺も、MAになりたかったなあ」
「……何、言うてんの?」
分からない、とはっきり顔に書いて首を傾げる。
幼い仕草に笑って、テーピングの上から口付けた。
舞台の上では、自分は手も足も出せない。
「ちょぉ羨ましくなんねん。あいつら見てると。お前、あいつらにぽーんと自分の命預けてるやろ?」
「ぽーんって、何やそれ。まあ、そうやけど。あいつらやないと出来ん事一杯あるもん」
思い出す表情で、そっと目を細める。
舞台の上のきらきらした煌めきが、その瞳の中にあった。
俺が手に入れられないもの。
「ええな、って思う。まあ、ミュージカルなんて出来んけどなあ」
今はもう痛みを伴わない言葉は、二人の間にぽとりと落ちた。
お互いの場所には踏み込まない。
最初の頃は随分と痛んだ心臓も、今では少しの音も立てなかった。
それでも、と思う。
MAになりたかった。
秋山のような力技も米花のような正確性も屋良の複雑な振り付けも町田の赤裸々な愛情も、どれも自分には持ち得ないものだ。
光一が自分を一番に思ってくれている事も知っていた。
でも、あの舞台で見せる信頼関係に打ちのめされるのも事実だ。
「阿呆やなあ。MAなんかなったら、俺にこき使われて大変やで」
「そうやなー。光ちゃんは注文多そうやもんなあ」
「うん。それにあいつらはきっちり応えてくれるから。つい調子に乗って負担増やしてまう。……お前に負担は掛けたくないよ」
光一の優しい声。
それが駄目なのだと、彼は気付かない。優しいから。
過度の期待も不要な負い目も抱かせたくないと、彼は気を遣い過ぎる。
原因を作ったのは自分だから、何も言えないけれど。
「負担、掛けられへんもんな」
「そぉゆう意味ちゃうわ。てゆーか、剛は根本的に間違え過ぎ」
「何が?」
「お前、人ん事鈍感鈍感言う癖に、自分やって充分鈍感やわ!」
「少なくとも光一よりは敏感に出来てるで」
「じゃあ気付け!」
小さく叫んで、勢い良く押し倒された。
恋人同士の色っぽいものなんか欠片もなくて、言うなれば大型犬に懐かれたような。
見下ろす光一の瞳は悲しい位に真剣だった。
可哀相になって、その頬を指先で撫でる。
「何に気付いたらええの?」
「……あいつらには、そりゃ命預けてるよ。俺の、全部。あいつらじゃなきゃ嫌やし、それは他の皆も分かってる」
「うん」
「でもな、剛にはずっと昔から。こやって付き合う前から、命なんてあげてるの。丸ごと全部」
「な、に……」
「分からん?俺の命は剛のもんやよ。剛にあげた」
それは、数少ない光一からの愛の言葉だった。
照れたように背けられた頬が淡く染まる。
俺の、もの?
そんなに俺を甘やかしてどうしたいんだろう。
圧し掛かる身体は、随分と昔に手に入れた。
ずっと大事にして来たつもりだし、これからも出来れば一生大切にして行きたい。
その感情を光一も持っていてくれた?
預けるのではなく、躊躇なく差し出す方法で愛を示す彼は、自分より余程愛情が深い。
「やから、MAにつまんない嫉妬すんなや。お前が嫉妬してるなんて分かったら、町田なんかめちゃめちゃ怒るで、きっと」
「……そうやな、贅沢過ぎるな」
「やろ?」
可愛らしく笑った光一の後頭部を引き寄せて、深い口付けをねだった。
つまらない感情を彼はいつもいつも綺麗に消し去ってしまう。
不器用であまのじゃくな恋人の素直さを世界中で唯一人、自分だけが知っていた。
この優越感を、この幸福をどんな風に伝えたら良いのだろう。
まだ痣の残っている背中を抱いて、剛は愛を伝える術を探していた。
剛さんお誕生日おめでとー!!その3。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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