[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
- Newer : halfway tale 56
- Older : halfway tale 54
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
恒例の打ち上げの席で、男だけのテーブルで広げられる話なんてたかが知れていた。
一応音楽で食っている人間が集まっているから、序盤は勿論音楽談義で盛り上がる。
真剣に、でも子供みたいな瞳で語る彼らが光一は大好きだった。
自分も狭い世界で生きているけれど、それよりももっと深くてもっと愛情に溢れている。
何が違うのかはこれだけ一緒にいても分からなかった。
自分の「仕事」と彼らの「音楽」は、根本的に違う。
完成度を置いて、姿勢や愛情は変わらないつもりだった。
仕事があれば、他の何も必要ない。
プライベートの一切を排しても不満はなかった。
それ位真剣に打ち込んで来たつもりだ。
家族も友人も恋人も、何も。
仕事が自分の生きる術で、彼らが何処にいてもギターを手放せないのと同じ原理だと思うのに。
一緒にいればいる程、その差異だけに気付く。
自分の心臓にあるのは空虚だった。
彼らは音楽にのめり込む程に愛情を蓄えて行く。
自分と、彼らーー剛と。
一体、何が違うんだろう。
俺も温かいものが欲しかった。
「光ちゃんってさぁ」
「はい?」
会も深まって来て、光一の座るテーブルには年配組と呼ばれるミュージシャン達が座っていた。
いい加減音楽の話も飽きて来て、話の進む先は自ずと猥談になる。
幾つになっても男はこう言う話が好きなんだな、と勿論自分も楽しい会話だから何の気なしに思った。
好んで下ネタを言うのは、なるべく男臭くありたいからだ。
アイドルなんて言う因果な職業をやっていて、女顔に生まれついたせいで、色々な事を言われて来た光一なりの防衛本能だった。
少女めいた桃色の唇からとんでもなく下品で卑猥な言葉が出れば、きちんと男だと思ってもらえる。
唯、わざわざ意識して男っぽいところを出さなければならない事自体が、既に普通の男の範囲を超えている事に、光一自身は気付いていなかった。
酔っ払いとは言えども、大先輩には変わりない。
呼ばれた声に、きちんと返事を返した。
「んー、お前は酔っ払ってもしっかりしてるなあ」
「別に普通に酔うてますよー」
隣からの別の声にも言葉を返して、目の前にあるサワーに手を伸ばした。
剛は何処にいるかな、と少し思ったけれど、振り返る事も出来ず会話を促す。
「何ですか?」
「うん、光ちゃんってさ」
「はい」
「セックスとか、嫌い?」
言葉を理解するのに、たっぷり三十秒は掛かった。
「……はあっ!?」
「いやいや、だから。セックス、嫌い?てゆーか、ぶっちゃけ嫌いでしょ?」
「な、何で、いきなりそんな話になんですか!?」
光一の弱点。彼自身はばれていないと思っているようだが、海千山千のミュージシャンを誤摩化せる訳がなかった。
自称下ネタ好きのこの王子様は、それこそ小学生や思春期の中学生が言うような抽象的な話には積極的に乗って来るのに、自分の話に触れる具体的な体験談は苦手なのだ。
誰もが気付いて、でもはっきり突っ込まないのは単純にこの可愛い王子が大好きだからだった。
世の中そんなに甘くない、と職業柄きちんと理解している筈なのに、最後の最後で彼は爪が甘い。
そもそも、ミュージシャンには第六感が備わっているのだった。
言葉に出来ない感情や思いを汲み取るのは得意技だ。
少し疎い所のある彼は、きっと気付いていないけれど。
「あー、それ、俺も思うわ」
「だろ?」
「……いや、だから、何で」
「光一の音楽見てると思うよ」
隣のテーブルにいるミュージシャンまで、何て事のない素振りで話に加わって来る。
そもそもこれは下ネタなのか、音楽談義の続きなのか。
光一はもうお手上げだった。
視線を彷徨わせて、助けを探す。
彼は気配を隠すのが上手いから、すぐに見付けられなかった。
もしかしたら先に帰ってしまったのだろうか。
この状況を打開する術が見付からない。
笑って誤摩化す?否、彼らにそんなのは通用しなかった。
「で、どうなんだよ?」
「や、えっと……」
「好き?嫌い?」
「えー、そんなん……。てゆーか、音楽見てるとって?」
降参して、話を微妙にずらす。
ミュージシャンの第六感は、建設的な理由がない分的確だった。
光一自身、思い当たらない節がない訳ではない。
「光一、ジャムセッションとか苦手でしょ」
「あー……はい。あんま好きじゃないです。俺、音楽センスないし」
「センスとかの問題じゃないよ。得意苦手でやるもんでもないしね」
「……ちょっと怖い、かも」
「そうだと思った」
酔っ払いのとろんとした目が、優しく見詰める。
酔っているからと言って支離滅裂な話をする人ではなかった。
「光ちゃん、ミキシングとか好きだろ?打ち込みの音作るのも好きだし」
「はい、基本オタクなんで」
「機械と向き合ってる時は怖くない?」
「はい」
「うん、やっぱり光ちゃんは人間不信だな」
「何でそーなるんですか」
「自分の音と他人の音楽がさ、融合する快感、そーゆーの。気持ち良いって思う前に光ちゃん逃げちゃうだろ。良い音持ってんのにさ」
音楽の楽しみを教えてくれたのは彼らだった。
自分で音を作る事。自分で音を奏でる事。
何もない自分の手から音楽が生まれる素晴らしさを、年端もいかない子供達に教えてくれた。
「生身の接触を怖がってるなあと思ってさ。剛は逆だろ。音楽の快感に溺れまくってる」
剛。思って、探そうとしたのを押し止められる。
肩に回された手が優しかった。
別に猥談で追い詰めようとしているのでも、音楽がなってないと責められるのでもないようだ。
「剛は、センス、あるから」
「まあ、その点は否めないけどね。あいつは何でもこなすからなあ。時々怖い時あるよ」
「やから、多分。俺と剛比べたら、俺が下手な訳やし」
「だから、上手い下手は二の次だって。剛だって上手い訳じゃねえよ。でも、ちゃんと気持ち良いの知ってる。あいつは、セックス好きだろうなあ」
どうやら視線の先に剛がいるようで、そちらを見ながら呟いた。
思わず肯定しそうになって、慌てて口許を抑える。
ーー剛は音楽もセックスも大好きですよ。
相方である自分が言って良い言葉ではなかった。
恐らく此処にいる人達は、大体の事を知っているとは思う。
剛は隠そうとするような後ろめたさを持ち合わせていなかった。
焦るのはいつも、自分だけだった。弱くて狡い自分。
「今は剛の話じゃないんだって!で、光ちゃんは?」
「……考えた事ないです」
「じゃあ、今考えろ」
引く事を知らない酔っ払いは、顔を近付けて答えを迫る。
答えなきゃ、あかんのかな。
最後にセックスをしたのは、いつだったか。
先週だったと思う。
相変わらず互いのスケジュールが合う事はなくて、性急に求めたのは楽屋だった。
人の声がする中で、剛の背中にきつく爪を立てて、悲鳴は全部キスに飲み込まれる。
身体を気遣って抱く剛の手管は、嫌になる程優しくて焦れったかった。
「もっと」と言う言葉を何度飲み込んだか分からない。
セックスは嫌いじゃないと思う。
剛の手や唇、体温や怖い位の瞳で安心する自分を知っていた。
その熱でしか癒せない餓えがある事も気付いている。
でも、と思った。
彼らの質問の大前提にあるのは「抱く」と言う行為だ。
自分はもうずっと「抱かれる」立場で、それがそのまま「好き」と言う答えに結びつくとは思えない。
彼らの質問には答えられないと思った。
死にそうな程の快楽と同じ位の苦痛が同性の、まして受け身の自分には伴う。
相手が剛だから好きなだけで、「剛と身体を重ねる事が好き」なのと「セックスが好き」なのは、また違うのではないだろうか。
剛だから許せる行為。
剛だから求めたいし、求められたい。
他の人間とのセックスは、男性であっても女性であってもそこまで欲しいとは思わない。
べたつく肌も排泄と密接している器官も汚れるシーツも何もかも。
男性の欲求は定期的に訪れるもので解消しなければ不健康だけれど、なければないで平気なものだった。
剛と付き合う前の少ない女性経験でも、そんなにセックスは欲しくなかったと思う。
「うーん……セックスが好き、ってそもそもどんなですか」
答えを出せなくて言った言葉に、全員が爆笑した。
それは、もううっかり傷付いてしまう位盛大に。
「そっから考える辺りが几帳面っつーか、光ちゃんらしいっつーか」
「単純に答えが出ないんなら、好きじゃないんだよ。俺なんか即答するもん」
「えーだって、考えません?こーゆーの」
「快楽は人間の一番忠実な本能なんだよ。考えるのは理性の範疇でしょ。その段階で間違ってる」
「でも、そんな好きとか嫌いとかで思った事ないし!」
「お前はホントに恐がりだなあ」
思い掛けず優しい声と優しい掌が落ちて来る。
甘やかす仕草で撫でる指先は、恋人のそれを思い出させた。
分からなくてええよ、と諭す甘い甘い指。
なくしたら怖いと思ってしまうものだった。
大切な記憶を抱えれば抱えるだけ、自分は臆病者になる。
「人と交わるのが怖いまんま大人になっちゃったんだな。時々お前は子供みたいで、俺達の方が怖くなるよ」
「子供なんかじゃないです」
「うん、一人前の男だと思ってるよ。でもなあ、セッションしてる時の目見るとちょっと責任感じる。もっと依存する位甘えさせて育てれば良かったなあって」
怖いのは自分のせいで、彼らの責任ではない。
ずっと一緒にいてくれた。
大人になるまで、大人になってからもずっと。
模範的な人間ではないけれど、生きる上で大切な感覚を、音楽と一緒に生きる喜びを見せてくれた。
人と交わるのを怖がるのは、大切な存在を作りたくないから。
裏切られるのを恐れて、自分の心が傷付くのを恐れて、そっとそっと他人から遠ざかって生きて来た。
セックスも音楽も他人がいなければ成立しない。
その意味では、多分どちらも得意ではなかった。嫌いだった。
他人を介して得る感情が気持ち悪い。
「何の話しとんの?」
少しの躊躇もなく入って来た甘い声は、今自分が一番求めているものだった。
上から降って来たのは間違いなく相方の持つイントネーションで、他人の感情に触れかけて怖がっている自分の緊張が解れて行くのを感じる。
「つよし」
「おお、何だ。相方来たのかー。入れ入れ」
「いやいや、そろそろ帰ろ思て、こいつ迎えに来たんすよ」
「今大事な話してるんだから、とりあえず座れって」
「つよし」
縋る声に、見上げた剛の眉がゆっくりと顰められる。
気付いた時には光一は大人達の餌食になっていて、逃げられないような雰囲気になっていた。
グレーゾーンで上手く立ち回って生きているのに、他人に白黒を求める辺りが狡い人達だなあとは思ったけれど。
少しずつ近付いて行って、会話の内容が分かった時には連れ出してあげなければと言う使命感が生まれた。
光一自身も気付いていない心理を、第六感で生きている大人達は躊躇なく切り込む。
音楽をやる人間は感性の繊細さと裏腹に、他人に対して剛胆過ぎるところがあった。
まして、音楽を齧っている人間には尚更。
彼はまだ、好きも嫌いも考えていない。
その身体に快楽を覚えさせたのは間違いなく自分で、他人が怖くないと教えたのもこの体温によってだった。
他人の全てを拒む程に怯えた心。
「つよし」
「ん?」
「ほら、とりあえず座れって」
「光一の結論聞いてないしな」
「相方なんだから、剛も一緒に考えてやれよ」
「何の話してるんすか」
とぼけて話を促して、そのまま背後にしゃがみ込む。
椅子に座った光一が振り返って、剛を見下ろした。
「セックスと音楽の快感の話」
「まぁた、好きっすねーそーゆーの」
「おう!男はいつまでも枯れないでいなきゃいけねえからな」
「そうっすね」
「で、剛はどうなんだよ」
「好きですよ」
「……剛」
光一を見上げて、笑ってみせる。
酔っ払いの話なんか適当にいなして、振り返った彼の膝に手を置いた。
潤んだ瞳が困った素振りで彷徨う。
こんな会話を光一が躱せる筈がなかった。
「やっぱりなあ。剛は好きだと思ったよ!」
「ええ、そりゃあね」
「光一が分かんないって言うんだよ。剛教えてやれって」
「そうっすねー」
「つよし」
何度も何度も零される呼び声。助けを求める声。
んー、酔っ払ってる分素直に困ってるなあ。
普段は強がりで隠す弱さも、自分が傍にいる安堵感で全て目の前に晒されていた。
「ん?」
「つよし」
「あら、」
迷わず伸びた腕が、ぎゅっと首に回る。
いきなり抱き着かれて、さすがに驚いた。
周囲の人間も驚いた声を上げる。
光一は、しがみついて頬に頬を寄せた。
体温に安堵するのが呼吸で分かる。
「どうしたの、甘えたさんやねえ」
「光ちゃん!ちょっと、それじゃ俺達が虐めたみたいじゃん」
「うちの子、虐めないで下さいよー」
「剛怖いんだって!洒落になんないから!光ちゃんーどうしたんだよ」
「うん、酔った、だけです」
小さく呟いて、抱き着いたまま瞳を閉じてしまった。
自分の内面と向き合って疲れたのだろう。
そもそもストイックに生きている恋人が、快楽を素直に享受するのは根本的に不可能なのだ。
快感を嫌悪すべきものとして認識している人、セックスや音楽に伴う恍惚が好きかと問うのは無意味だった。
彼はまだ知らない。
溺れる快楽を、死を上回る恍惚を。
他人と音で身体を重ねる刹那、どんな愛撫よりも鋭い肌の感覚。
理性でこの世界を生き抜いている彼に、それを教えるのは拷問に近い。
「帰るか?」
「ん……帰りたい。抱っこ」
「ええよ。家までちゃんと抱っこしたるわ」
わざと漂わせた甘い空気で周囲を押し黙らせて立ち上がった。
光一を抱き上げたままテーブルに座る人間を見渡すと、其処で初めて彼らが自身の言葉のいたたまれなさに気付く。
酔っ払いは頭の回転が遅くて敵わん。
「じゃ、帰りますんで。お疲れっした」
「……お、おう。お疲れ様!」
「気を付けて帰れよ!」
光一にわざわざ話させるのは構わないが、それは全て自分に繋がっているのだと言う事を彼が可愛いばかりの大人達は失念していた。
光一の情事を想像すると、相手が何処の誰とも知らない女などではなく今此処にいる人間になってしまう。
恐らく明確に自分達の図を想像したであろう彼らに含みを持たせた笑みを向けて、剛は店を出て行った。
残されたミュージシャン達は、今更ながらの失言に気付く。
「……剛って、違う意味で怖いな」
「覚えてたら、光ちゃんに謝っとくわ」
「俺、今度の収録ん時に二人の顔見れねえかも……」
好きだと明確に言い切った年若きアーティストに言い知れぬ不安を覚えたのは、全員共通の感覚だった。
剛さんお誕生日おめでとー!!その2。
←back/top/next→
2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
COMMENT
COMMENT FORM
TRACKBACK