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剛を守る為なら何も怖くないよ。どんな傷も厭わないよ。
剛がこんな世界でも笑っていてくれるなら、俺の隣で生きていてくれるのならば。
何も、怖くなんかない。
この世界に入ったばかりの頃、俺は余りにも未熟で剛に依存する事でしか生きられなかった。
けれど、少しずつ周りが見える様になって、気付いたのだ。
お前は真っ直ぐ過ぎるって。こんな汚い世界になんか染まらない透明を持っていて、呆れる程に正しかった。
本当は、溶け込めない本質を抱えて苦しんでいた事。それでも自分を曲げずに生き抜こうとした事。
そんな剛が好きだった。
彼の背中ばかり追い掛けていた俺が、唯一大切にしたいと思った透明な心。
自分はどうなっても良いから守りたいと思った。生まれて初めて大事にしたいと思った他人だったから。
俺は幼い頃、神に誓ったのだ。
剛を守る事、穢れを恐れない事。
今もその誓いは忘れていない。彼が病める時も健やかなる時も、唯隣に居て。
全ての怖い事や悲しい事から遠ざけて。
それでも、敏感な剛は苦しんだし傷付いたけれど。
少しはお前を守る盾になれてるかな。ほんの僅かでもお前の深い苦痛を和らげられてるかな。
剛が笑ってくれたら、嬉しい。それだけが、俺の唯一の救いやよ。
+
+
愛して、愛して、愛して。
愛し抜いた先に何があるのか。元々不毛な関係の俺達には、この愛の必然性等なかったし誰にも望まれるものではなかった。
それでも選んだ人、選んだ愛は今更隠し立てするものではなく、自分にとっては誇れるものですらあった。
飽きっぽくて薄情で、甲斐性のない俺が唯一手放さなかった彼は。時々寂しそうに笑うけど、いつの間にか躊躇わずに指先を絡めてくれる様になって。
愛を。いつまでも続けて行ける様な気がする。この先に、何もなくても。
彼がいつまでも共に歩んでくれるのなら。何も為さなくても、痛みしか残らなくても。唯貴方を、愛したいと思う。
愛を優しさを貴方に、届けたい。
愛をしたい、と言う事で。
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「花、咲いたな」
ケンシロウと出掛けた夕暮れの散歩道で、光一が目を細めて呟く。夕陽を受けたその表情は、穏やかで凪いでいた。
人通りの多い道は避けているけれど、それでも二人が並んで歩くのは大きな危険を孕むから、彼には帽子と眼鏡をさせている。
それと普段のイメージからは遠いシャツとパンツを。
これだけしても、どうしても目立ってしまう人だった。
「桜もたんぽぽもチューリップもつくしも」
「つくしは花ちゃうやろ」
呆れた様に優しく剛が笑う。
「そやな。それに蓮華、菜の花、シロツメクサ。後、これ」
何やっけ、と指差した足元の野草。青い小さな花を付けたたおやかな花は、光一が好きそうだなと思う。
「オオイヌノフグリ、やで」
「いつも教えてもらうのに、忘れてまうわ」
立ち止まって照れた様に笑う光一の表情を受け止めてから、おもむろにしゃがみ込んだ。
コンクリートの間から陽光を求めて伸びている野草は可愛い。
青い花を指先で突つくと、光一を見上げた。彼は立ったまま剛の指先を見詰めている。
ケンシロウがご主人様の後を追って鼻先を近付けても、光一は動かなかった。唯眩しい様に、目を細めるだけ。
迂闊には手を伸ばせない臆病な人。触れてはいけないものに対する態度が明確で、可哀相になった。潔癖とかではなく、自分がこんな道ばたで懸命に咲いている花に触れてはならないと本気で思っている。
お前の手は汚れてなんかないよ。
「摘んで帰ろか?」
「あかん」
「なんで」
「此処で綺麗やから」
的を得ていない答えは、それでも剛の予想通りだった。野草は摘んでしまえば命が終わる。家に戻る頃には萎れてしまうだろう。
ふと、古い歌を思い出した。小さな花を連れて帰る寂しく優しい男の歌。彼は花を摘む事に躊躇はなかったのだろうか。この花弁を手折る事に恐怖を。
俺は、怖かった。今でも本当は、怖い。
「花はな、咲くべき場所に咲くねん。簡単に俺達が場所を変えたらあかんよ」
「そ、やね」
その言葉は真理で、そして剛の胸にとても痛かった。蕾の内に摘み取ってしまった花は、もう咲かないのだろうか。
「剛。ケンたん行きたそうやで」
リードを引っ張る愛犬に慌てて視線を向けて立ち上がる。何でもかんでもすぐに結び付けてしまうのは悪い癖だ。
朱よりも蒼の方が強くなって来た空を見上げる。一陣の風が吹いて、桜の花弁が空を舞った。
「花咲いてると、春やなーって気ぃするな」
「……うん」
「つよし?」
声の抑揚に目敏く気付いた光一が首を傾げて覗き込む。この人の聡さは時々怖い位。どうして、そんなに簡単に見つけてしまうの。
毎日花と語り続けた男は、命の潰える日が刻一刻と近付いて来てるのに気付いていて苦しくはなかったのだろうか。話す度手を伸ばす度、萎れていく小さな花に。
「何か、悲しくなってもうたん?」
「ううん、ちゃうよ」
「辛い顔、しとる。あの花に触った時やね」
小さく笑んで、剛の手にあったリードを取り上げる。歩調が合っていなくて、ケンシロウが可哀相だったから。
「なあ、花って人選ぶって知ってた?」
「なん、それ」
「この間聞いた話なんやけど、あれ?誰に聞いたんやっけ。……まあ、ええわ。そんでな、花屋に置いてある花あるやん。花束になってるやつ。あれって皆おんなじように作ってあっても全部違うやん。当たり前やけど」
「うん」
光一の話題はいつも突飛で、分かり辛い。けれど、今間違いなく剛の為に口を開いているのは確かだった。
「お客さんが花選んで買うやろ?でも、ほんまは花が呼んでるんやって。この人が良いって。聞こえない声で。やからそれに呼応して、お客さんもその花を手に取るらしいで」
やから、と続いた言葉を光一は口を噤んで止めた。何を言ったら良いのか分からなくなってしまったからだ。
花を見て寂しそうな顔をした。それから俺の顔を見詰めて、苦しそうに眉を顰めた。彼の思考回路位もう随分分かる様になっていて。花と同列に考えられたら困るのだけれど。
俺はそんなに儚いもんちゃうよ。もっと貪欲にお前を求めた。お前だけが選んだんじゃない。お前に奪われた訳じゃない。俺が。
「お前は、怖くないんか?」
光一の表情で、自分の胸の内を理解されている事に気付いて仕方なく白状した。出口のない迷路の壁を蹴破って、勝手に出口を作ってくれるのはいつも彼なのだ。
優しくて、強い。俺が手折った光一はまだ花も咲いていなかったのに。いつの間にこんなにも。美しく花開いていたのだろう。
「怖くないよ。やって、剛やもん。剛が選んでくれたんやろ?何処も怖い事あらへん」
笑って、リードを持っているのとは反対の手で、剛の手を握る。公道で此処までの譲歩をしてるんだから、いい加減気付いて欲しい。
怖いのは、いつも。いつか離れていくお前の心や。いつか離れていくお互いの道を、それでも並んで歩く為。
運命なんか要らない。自分の大切なもの位、自分で守って行く。
「光ちゃんは、凄いな」
「剛やって、強いで」
まだ、そんな自分を認められていないだけで。本当は、強い人。ちゃんと知ってるよ。
「ずっとこうやって、手ぇ繋いで行こうな」
いつまでも手の届く場所で。怖くても、躊躇っても絶対に。この手だけは離さない。俺はまだまだ弱くて、約束なんか出来そうにもないけど、ずっと願い続ける。
「ほら、ぐずぐずしてると真っ暗になるで。帰ろ」
「うん」
手を繋いだまま、影を重ねたまま、臆病な恋人達は明日を夢見て笑い合った。
なあ、小さな花が男を「優しい人」だと言ったんは、本心やと思うよ。
種子が根付いた場所で毅然と咲き続ける事よりも、手折られたその指先に触れて貰う事の方がずっと幸せやって。一人生きながらえる事よりも優しい手に連れられて、暖かい部屋の中で暮らす事を選んだ。
俺は確かに一人で舞台に立つ事が出来るし、自分のペースで走る事も出来るんやと思うよ。でもな、頼りないお前の手に守られてるの好きやねん。だから多分、俺はずっと触れられるのを待っていたんじゃないかな。花だってきっと、毎日通るおじさんに足を止めてもらう事を双葉の頃から、もしかしたら種子の頃から願っていたのかも知れない。
なあ、散った花を男はどうしたと思う?一時でも自分の為に懸命に咲いた花を。男の事は分からんけど、俺は一つだけ確信しているよ。
剛は枯れて水分を失った花弁のひとひらですら大切にしてくれるって。どんな姿でもきっと思いを留めてくれる。愛してくれる。
そうやろ?
「花と小父さん」なんて知らないですよね(^^;
春らしいお話を、と思い。
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例えば、お前が少しずつ俺を忘れていく病になった時。
お前のその瞳が俺を映さなくなった時。
その耳に俺の声が届かなくなった時。
お前のその柔らかな頬に髪に触れられなくなった時。
例えば、お前の身体が冷たくなってしまった時。
俺は、それでも絶えずお前の傍に居たいと思うよ。
例えその唇が「剛」と象らなくなっても、二度とその身体に熱を取り戻さなくなったとしても。
いつもいつも、絶える事なくお前を見詰めていたい。
それはもう、愛なんて感情ではなくて。唯の独り善がりなのかも知れない。お前の負担ですらあるかも知れない。
けれど、いつまでもお前をこの腕の中に納めておきたい。嬉しい時も悲しい時も、だなんて陳腐な台詞だろうか。
愛してるよ。
明日世界に終わりが来ても、君の元に死が訪れても。
俺が、死んでも。
この思いだけは唯一の永遠。
雨が降る。
光一と自分の間に、しとしとと。
夜の雨が肌に刺さった。
白く浮き上がった雨の軌跡は、さながら無数の針だ。
硬直した光一の腕を捕らえながら、剛はぼんやりと思った。彼は、真っ正面から俺を見据えたまま怯む事がない。
その強さを、そのひた向きさを。
いつから、こんなにも。
「好きや」と告げた。
何の前触れもなく、帰り道の光一の背中に、ぽつりと。
仕事帰りの彼を部屋に誘ったのは、何か計画があっての事じゃなかった。
唯、一緒に食事をしてテレビを見て。
帰ると言い出した光一を珍しくエントランスまで送りたくなって、一緒にエレベーターを降りて。
通りでタクシー捕まえるから此処でええよ、と言われた。
そうしたら、部屋に入る時にはなかった細かな雨がひっそりと降っていて。
大丈夫か、と問うた剛の声に光一は振り返りもせず頷く。
いつもなら視線をこちらが困るくらいにしっかり合わせる人なのに。
いつもと違ったのは、それ位。
何のきっかけもなく。
相方のバランスを壊すのか、と。
黙したその瞳は語っていた。
雨に濡れた細い髪が、光一の額や頬に張り付く。
風邪を引かせてしまうと思うのに、剛は身動きが取れなかった。
口にした感情は真実だ。
それなのに。
言葉は既に冷たい空気に霧散して、掴んだ右手だけが事実として残っている。
繋がったこの腕を引き寄せたいのか、何事もなかった様に離したいのか。
分からない。
もう随分と、この距離に甘んじて来た筈だった。
一緒に仕事をする為に。一緒に生き続ける為に。
タブーとして抑え続けたお互いの感情を、こんな何でもない夜に、どうして。
「……どう、したいん」
同じ様に動かなかった光一が小さく呟いた。それは業を煮やした風ではなく、同調する響きで。
彼の言葉の柔らかさに安心して、剛は溜息を吐いた。
「分からん」
呟いて、苦笑して。正直な気持ちだった。
「なら、どぉして」
これ、と掴まれた腕に視線を遣る。
「ホンマ、どうしてやろな。捕まえたらあかんって分かってるのに。ずぅっと納得して来たのに」
楽屋で一緒に過ごす空気。ステージの上、視線だけで分かり合う昂揚。隣にいる事で慰め合い生きて来た歳月。
ささやかな幸福を守る為に、恋情を胸の奥深くに仕舞い込んだ。
もう二度と表層に表れる事のない真実を。何故、今。
「雨、やからかな」
「え?」
「剛、雨駄目やろ。一緒にいたかったんちゃうん?」
光一は逃げ道をくれている。相方の距離を、バランスを守ろうとしていた。
今此処で頷けば、また元通り。
けれど。
掴んだ腕は冷たくて、その瞳は揺るぎなく優しくて。
雨に濡れたシャツが肩のラインを明確に描いている。
誰にも見せたくなかった。この感情を、相方のまま抱いていられる訳がない。
「光一と一緒にいたいねん」
「……うん、ええよ?」
訝しんで、光一が首を傾げる。その拍子に毛先から透明な雫が零れた。
掴む手の力を強くして。
その、距離を。
「好き、やねん。やっぱあかん」
濡れた身体を抱き寄せて、閉じ込めた。
彼の細い身体は自分より身長がある筈なのに、すっぽり収まってしまう。
まるで、あるべき物があるべき場所に収まったかの様。
「何、するん」
「……ごめんな、嫌か?」
お前それずるい、と光一が呟く。
嫌な訳ない。お前だけがずっとそやったと思うな。俺だって。
肩に顔を埋めて、ぶつぶつと聞き取り辛い声で文句を言っていた。
首に触れた耳朶が嘘みたいに熱くて、可愛いなと思う。
濡れた髪を梳いてやると、なるべく顔は見ない様にしながらエントランスホールに戻った。
多分、赤い顔を見られるのは不本意だろうから。
「濡れてもうたな」
「お前のせいや」
「とりあえず一緒に風呂入ろか」
「とりあえず、って何やねん」
腰を抱いて頬に指先を滑らせて。
嘘みたいに呆気なく、光一は落ちた。
頑なに「相方」を守ろうとした癖に。
犯した罪の大きさに気付いてない訳ではないだろうに。
それでも振り解けなかった手。逸らされなかった視線。
言葉が苦手な光一の真実を其処から見出すのは、間違った方法だろうか。
不可侵領域に踏み込んで。欲した物を掌中に。
「……入浴剤入れてくれるんならええよ」
聞こえるか聞こえないかのギリギリのボリュームで言った光一の言葉は、勿論剛の耳に届いた。
深く笑む表情の何処にも、迷いはなかった。
雨の音が、遠くに聞こえる。