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「花、咲いたな」
ケンシロウと出掛けた夕暮れの散歩道で、光一が目を細めて呟く。夕陽を受けたその表情は、穏やかで凪いでいた。
人通りの多い道は避けているけれど、それでも二人が並んで歩くのは大きな危険を孕むから、彼には帽子と眼鏡をさせている。
それと普段のイメージからは遠いシャツとパンツを。
これだけしても、どうしても目立ってしまう人だった。
「桜もたんぽぽもチューリップもつくしも」
「つくしは花ちゃうやろ」
呆れた様に優しく剛が笑う。
「そやな。それに蓮華、菜の花、シロツメクサ。後、これ」
何やっけ、と指差した足元の野草。青い小さな花を付けたたおやかな花は、光一が好きそうだなと思う。
「オオイヌノフグリ、やで」
「いつも教えてもらうのに、忘れてまうわ」
立ち止まって照れた様に笑う光一の表情を受け止めてから、おもむろにしゃがみ込んだ。
コンクリートの間から陽光を求めて伸びている野草は可愛い。
青い花を指先で突つくと、光一を見上げた。彼は立ったまま剛の指先を見詰めている。
ケンシロウがご主人様の後を追って鼻先を近付けても、光一は動かなかった。唯眩しい様に、目を細めるだけ。
迂闊には手を伸ばせない臆病な人。触れてはいけないものに対する態度が明確で、可哀相になった。潔癖とかではなく、自分がこんな道ばたで懸命に咲いている花に触れてはならないと本気で思っている。
お前の手は汚れてなんかないよ。
「摘んで帰ろか?」
「あかん」
「なんで」
「此処で綺麗やから」
的を得ていない答えは、それでも剛の予想通りだった。野草は摘んでしまえば命が終わる。家に戻る頃には萎れてしまうだろう。
ふと、古い歌を思い出した。小さな花を連れて帰る寂しく優しい男の歌。彼は花を摘む事に躊躇はなかったのだろうか。この花弁を手折る事に恐怖を。
俺は、怖かった。今でも本当は、怖い。
「花はな、咲くべき場所に咲くねん。簡単に俺達が場所を変えたらあかんよ」
「そ、やね」
その言葉は真理で、そして剛の胸にとても痛かった。蕾の内に摘み取ってしまった花は、もう咲かないのだろうか。
「剛。ケンたん行きたそうやで」
リードを引っ張る愛犬に慌てて視線を向けて立ち上がる。何でもかんでもすぐに結び付けてしまうのは悪い癖だ。
朱よりも蒼の方が強くなって来た空を見上げる。一陣の風が吹いて、桜の花弁が空を舞った。
「花咲いてると、春やなーって気ぃするな」
「……うん」
「つよし?」
声の抑揚に目敏く気付いた光一が首を傾げて覗き込む。この人の聡さは時々怖い位。どうして、そんなに簡単に見つけてしまうの。
毎日花と語り続けた男は、命の潰える日が刻一刻と近付いて来てるのに気付いていて苦しくはなかったのだろうか。話す度手を伸ばす度、萎れていく小さな花に。
「何か、悲しくなってもうたん?」
「ううん、ちゃうよ」
「辛い顔、しとる。あの花に触った時やね」
小さく笑んで、剛の手にあったリードを取り上げる。歩調が合っていなくて、ケンシロウが可哀相だったから。
「なあ、花って人選ぶって知ってた?」
「なん、それ」
「この間聞いた話なんやけど、あれ?誰に聞いたんやっけ。……まあ、ええわ。そんでな、花屋に置いてある花あるやん。花束になってるやつ。あれって皆おんなじように作ってあっても全部違うやん。当たり前やけど」
「うん」
光一の話題はいつも突飛で、分かり辛い。けれど、今間違いなく剛の為に口を開いているのは確かだった。
「お客さんが花選んで買うやろ?でも、ほんまは花が呼んでるんやって。この人が良いって。聞こえない声で。やからそれに呼応して、お客さんもその花を手に取るらしいで」
やから、と続いた言葉を光一は口を噤んで止めた。何を言ったら良いのか分からなくなってしまったからだ。
花を見て寂しそうな顔をした。それから俺の顔を見詰めて、苦しそうに眉を顰めた。彼の思考回路位もう随分分かる様になっていて。花と同列に考えられたら困るのだけれど。
俺はそんなに儚いもんちゃうよ。もっと貪欲にお前を求めた。お前だけが選んだんじゃない。お前に奪われた訳じゃない。俺が。
「お前は、怖くないんか?」
光一の表情で、自分の胸の内を理解されている事に気付いて仕方なく白状した。出口のない迷路の壁を蹴破って、勝手に出口を作ってくれるのはいつも彼なのだ。
優しくて、強い。俺が手折った光一はまだ花も咲いていなかったのに。いつの間にこんなにも。美しく花開いていたのだろう。
「怖くないよ。やって、剛やもん。剛が選んでくれたんやろ?何処も怖い事あらへん」
笑って、リードを持っているのとは反対の手で、剛の手を握る。公道で此処までの譲歩をしてるんだから、いい加減気付いて欲しい。
怖いのは、いつも。いつか離れていくお前の心や。いつか離れていくお互いの道を、それでも並んで歩く為。
運命なんか要らない。自分の大切なもの位、自分で守って行く。
「光ちゃんは、凄いな」
「剛やって、強いで」
まだ、そんな自分を認められていないだけで。本当は、強い人。ちゃんと知ってるよ。
「ずっとこうやって、手ぇ繋いで行こうな」
いつまでも手の届く場所で。怖くても、躊躇っても絶対に。この手だけは離さない。俺はまだまだ弱くて、約束なんか出来そうにもないけど、ずっと願い続ける。
「ほら、ぐずぐずしてると真っ暗になるで。帰ろ」
「うん」
手を繋いだまま、影を重ねたまま、臆病な恋人達は明日を夢見て笑い合った。
なあ、小さな花が男を「優しい人」だと言ったんは、本心やと思うよ。
種子が根付いた場所で毅然と咲き続ける事よりも、手折られたその指先に触れて貰う事の方がずっと幸せやって。一人生きながらえる事よりも優しい手に連れられて、暖かい部屋の中で暮らす事を選んだ。
俺は確かに一人で舞台に立つ事が出来るし、自分のペースで走る事も出来るんやと思うよ。でもな、頼りないお前の手に守られてるの好きやねん。だから多分、俺はずっと触れられるのを待っていたんじゃないかな。花だってきっと、毎日通るおじさんに足を止めてもらう事を双葉の頃から、もしかしたら種子の頃から願っていたのかも知れない。
なあ、散った花を男はどうしたと思う?一時でも自分の為に懸命に咲いた花を。男の事は分からんけど、俺は一つだけ確信しているよ。
剛は枯れて水分を失った花弁のひとひらですら大切にしてくれるって。どんな姿でもきっと思いを留めてくれる。愛してくれる。
そうやろ?
「花と小父さん」なんて知らないですよね(^^;
春らしいお話を、と思い。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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