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雨が降る。
光一と自分の間に、しとしとと。
夜の雨が肌に刺さった。
白く浮き上がった雨の軌跡は、さながら無数の針だ。
硬直した光一の腕を捕らえながら、剛はぼんやりと思った。彼は、真っ正面から俺を見据えたまま怯む事がない。
その強さを、そのひた向きさを。
いつから、こんなにも。
「好きや」と告げた。
何の前触れもなく、帰り道の光一の背中に、ぽつりと。
仕事帰りの彼を部屋に誘ったのは、何か計画があっての事じゃなかった。
唯、一緒に食事をしてテレビを見て。
帰ると言い出した光一を珍しくエントランスまで送りたくなって、一緒にエレベーターを降りて。
通りでタクシー捕まえるから此処でええよ、と言われた。
そうしたら、部屋に入る時にはなかった細かな雨がひっそりと降っていて。
大丈夫か、と問うた剛の声に光一は振り返りもせず頷く。
いつもなら視線をこちらが困るくらいにしっかり合わせる人なのに。
いつもと違ったのは、それ位。
何のきっかけもなく。
相方のバランスを壊すのか、と。
黙したその瞳は語っていた。
雨に濡れた細い髪が、光一の額や頬に張り付く。
風邪を引かせてしまうと思うのに、剛は身動きが取れなかった。
口にした感情は真実だ。
それなのに。
言葉は既に冷たい空気に霧散して、掴んだ右手だけが事実として残っている。
繋がったこの腕を引き寄せたいのか、何事もなかった様に離したいのか。
分からない。
もう随分と、この距離に甘んじて来た筈だった。
一緒に仕事をする為に。一緒に生き続ける為に。
タブーとして抑え続けたお互いの感情を、こんな何でもない夜に、どうして。
「……どう、したいん」
同じ様に動かなかった光一が小さく呟いた。それは業を煮やした風ではなく、同調する響きで。
彼の言葉の柔らかさに安心して、剛は溜息を吐いた。
「分からん」
呟いて、苦笑して。正直な気持ちだった。
「なら、どぉして」
これ、と掴まれた腕に視線を遣る。
「ホンマ、どうしてやろな。捕まえたらあかんって分かってるのに。ずぅっと納得して来たのに」
楽屋で一緒に過ごす空気。ステージの上、視線だけで分かり合う昂揚。隣にいる事で慰め合い生きて来た歳月。
ささやかな幸福を守る為に、恋情を胸の奥深くに仕舞い込んだ。
もう二度と表層に表れる事のない真実を。何故、今。
「雨、やからかな」
「え?」
「剛、雨駄目やろ。一緒にいたかったんちゃうん?」
光一は逃げ道をくれている。相方の距離を、バランスを守ろうとしていた。
今此処で頷けば、また元通り。
けれど。
掴んだ腕は冷たくて、その瞳は揺るぎなく優しくて。
雨に濡れたシャツが肩のラインを明確に描いている。
誰にも見せたくなかった。この感情を、相方のまま抱いていられる訳がない。
「光一と一緒にいたいねん」
「……うん、ええよ?」
訝しんで、光一が首を傾げる。その拍子に毛先から透明な雫が零れた。
掴む手の力を強くして。
その、距離を。
「好き、やねん。やっぱあかん」
濡れた身体を抱き寄せて、閉じ込めた。
彼の細い身体は自分より身長がある筈なのに、すっぽり収まってしまう。
まるで、あるべき物があるべき場所に収まったかの様。
「何、するん」
「……ごめんな、嫌か?」
お前それずるい、と光一が呟く。
嫌な訳ない。お前だけがずっとそやったと思うな。俺だって。
肩に顔を埋めて、ぶつぶつと聞き取り辛い声で文句を言っていた。
首に触れた耳朶が嘘みたいに熱くて、可愛いなと思う。
濡れた髪を梳いてやると、なるべく顔は見ない様にしながらエントランスホールに戻った。
多分、赤い顔を見られるのは不本意だろうから。
「濡れてもうたな」
「お前のせいや」
「とりあえず一緒に風呂入ろか」
「とりあえず、って何やねん」
腰を抱いて頬に指先を滑らせて。
嘘みたいに呆気なく、光一は落ちた。
頑なに「相方」を守ろうとした癖に。
犯した罪の大きさに気付いてない訳ではないだろうに。
それでも振り解けなかった手。逸らされなかった視線。
言葉が苦手な光一の真実を其処から見出すのは、間違った方法だろうか。
不可侵領域に踏み込んで。欲した物を掌中に。
「……入浴剤入れてくれるんならええよ」
聞こえるか聞こえないかのギリギリのボリュームで言った光一の言葉は、勿論剛の耳に届いた。
深く笑む表情の何処にも、迷いはなかった。
雨の音が、遠くに聞こえる。
2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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