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2025/05/25

halfway tale 17

 もう届かないのだと気付いてしまった。
 彼の背中は遠くて、どれだけ腕を伸ばしても届く事はない。
 真っ白なスポットライトの中、凛と佇む彼の隣に。
 自分は要らないのだと、諦めではなく唯歴然と其処にある事実として受け止めた。

 光一はきっと、振り返らない。

 夜中に目が覚めた。唐突な目覚めは割と良くある事だから余り気にならない。
 原因だってちゃんと分かっていた。過度のストレスと、癒える事のない心の病。自身を蝕み続ける不安は、留まる所を知らない。
 腕の中で寝息を立てている相方に視線を向けた。焦点の合うギリギリの至近距離。剛が不眠に悩まされる様になると、光一は寄り添って一緒に眠る。
 何も話していないのに、まるで何もかも見通した素振りで。
 けれど、無関心を瞳に装って。

「こういち」

 当たり前みたいに剛の腕の中に収まっている彼の名を呼んだ。眠りの底にいる光一は勿論気付かない。
 眠れない夜を同じ様に過ごして欲しい訳じゃなかった。唯、闇の中で独りなのだと気付かない為に彼の存在が必要だった。
 俺を導く一条の光が欲しい。
 欲しい物を明確に思い描いて、ふと自嘲する。剛のシャツを握り締めている幼い手にそっと触れた。
 欲した優しいもの。その、温もり。

「ごめんな……」

 俺がこの手を離していれば、お前はこんな風にならなかったのに。
 細い腕、薄い肩、子供みたいな指先。どれも頼れる様な物ではなかった。
 なのに、俺は。
 存在全部を隣にいる彼に預けてしまった。

 深い自嘲が身体を苛む。消えない後悔と自己憐憫。
 けれど、光一はそれを負担とは言わない。いつもいつも彼は笑って受容してくれる。

 真っ白い世界の中、独りで立てるのに。
 彼は甘くひっそり笑むのだ。お前がおらんと俺はあかん、なんて。

 もうええよって言えたらどれだけ良いだろう。光一を解放したかった。 自分のこの手は、この魂は、まだこんなにも光一を欲している。
 駄々を捏ねる子供の様だ。醜い欲望が巣食っている。
 光一を手に入れた時から何一つ成長していない。
 彼を守りたくて、この手を伸ばした筈なのに。

「ん……つょ、し?」

 苦しい俺の隣に必ず、寄り添う様に、まるで定められた約束事の様に、光一は剛が苦しくなると必ず気付く。
 決して浅くはない眠りから目覚めた彼の瞳は、暗闇の中しっかりと焦点を合わせていた。

「…ご、めんな。起こして、もうたか」
「剛、息!」

 普段の目覚めの悪さ等微塵も感じさせない素早い動きで、光一が起き上がる。
 少し、やばいかもしらん。息が苦しかった。

「ん、まだ大丈夫、やわ。ちょぉ苦しいだけ」
「待っといて。今、く……」
「ええよ」

 言って、引き留める。
 お前がちゃんと此処にいてくれたら俺は平気やから。
 また矛盾した事を考えている。これじゃ、いつまでたっても堂々巡りだ。
 光一を解放したいのと同じ位、手放したくない。繋ぎ留めておきたい。
 髪を掻き上げて息を吐き出した光一は、剛の望むまま寄り添った。
 小さく笑んで呼吸を乱した身体を抱き締める。

「こぉ、ちゃん……?」
「剛、頑張ってんのやな」

 背中に手を回して、優しく撫でる。
 幼い子にする仕草。彼が一番安心出来る方法は、心得ている筈だ。

「俺、頑張れてへんよ」

 光一の匂いに包まれて、少し息が楽になった。その分思考がはっきり冴えてしまう。

「頑張っとるやん」
「ううん。俺、光ちゃんみたいに頑張れてへん」

 命を削る様に、全てを捧げる生き方等自分には出来ない。
 こんな俺の手を引き続けて生きるなんて、そんな事。

「頑張っとるよ。凄く、一杯痛いの我慢してるやん」

 ぎゅっと抱き締めて、頭を撫でられた。母親の仕草は光一の癖の一つだと思う。
 どうしてこんなにも許してしまえるのだろう。
 俺は、お前に優ししてもらえるような人間やないよ。
 その愛情をその優しさを一つ残らず自分の物にしたいと思ったのは、罪深い自分だけれど。

「……俺は、お前に守られて、生きてて。甘やかされて、ずっと。苦しい事もやな事も、避けて来た、んや。頑張ってるんは光一で。俺は、」
「ええよ、剛。そんなん言う事ちゃう。苦しやろ? 寝てまい」

 最後まで言わせず身体を横たえる。
 言わなくて良い。考えなくて良いよ。お前はお前で頑張ってるやん。

「こぉちゃ……」
「寝、つよし。起きたらもう平気やから」

 まじないの様に囁かれて、剛は目を閉じた。振り返らない背中。
 届かないのは、縋った指先でも拙い恋心でもなく。

 遠く、微かに見える光の意図。
 此処まで来い、と願い続ける声は届かなかった。

 唯ずっと、光一の優しさばかりが胸に痛い。

拍手[12回]

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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 16

 今回のドラマは、はっきり言って辛い。
 昔の、ほぼ二十四時間拘束される撮影もそれはそれはきつかったが、こうして夜中ばかり集中して詰め込まれるのもきつい。

 大体、俺夜は弱いっちゅーねん。
 ぶつぶつどうしようもない事を心の中で思いながら、スタジオの廊下を歩く。
 今日はスタジオ撮影だから幾らか楽だった。
 ドラマ撮りでもう一つ辛い事と言えば、待ち時間である。
 出演シーン自体は多いものの、主役故に他のシーンが続いても帰る事すら出来ない。

 このまま撮影がスムーズに行ったとしても二時間は空く。
 確か、待ち時間に二つインタビューを受ける筈だ。

 溜息を吐きながら控室の扉を開けると、ふわりと甘い匂いが漂った様な気がした。

「お疲れー」

 扉を開けて呆然と佇む俺に呑気に笑い掛けるその笑顔は、オフの時特有の砕けた笑い方だ。

「……お前、何で此処におるん?」

 上手く事態に対応出来ない思考回路を叱咤しながら、光一に近付く。
 椅子にだらしなく座って剛の鞄の中から勝手に出したと思われる雑誌を手にして。
 オフは一緒に過ごさないと今更な嘘を平然と口にする光一の、その言葉は半分本当だった。
 お互いが休みであれば飽きる事なく一緒にいるけれど。
 こうして仕事場に前触れなく現れるのは、初めてじゃないだろうか。
 へらりと笑って見上げて来る目線の優しさに目眩がした。

「来たらあかんかった?」
「そんな事ないけど……」

 お前そんなんせぇへんやん、と小声で付け足すと、光一は困った様に笑う。

「ごほぉび、やねん」
「ご褒美?」

 いまいち舌の回っていない言葉に、鸚鵡返しで問い返した。

「うん、剛さん頑張ってるから」

 はにかむ様に笑う邪気のない光一の前髪に触れて、セットされていないその柔らかい感触を楽しむ。
 少し考える素振りを見せて、可愛い子やねと聞こえない様に呟いた。

「お前がご褒美言う事?」
「……うん」

 躊躇いながらもしっかりした目で見上げて来る。

「……誰に入れ知恵されたん?」
「え? 何が」
「そんな嬉しいご褒美、お前だけで思い付いたとは思えん」

 何で分かるの、と雄弁な瞳が問うている。
 そんなん明日の天気当てるより簡単な話やで。
 お前こそ、何年の付き合いや思うてんの。

「やって、マネージャーが、……言うねんもん」
「何て」
「……そんなん、言えへん」

 余程気恥ずかしい事を言われたのだろう。
 そして、その言葉に納得してしまい此処にいる事が、更に光一の羞恥心を煽っていた。

「うん、まあええわ。理由がどんなでも確かに俺にはご褒美やしな」
「ほんまに?」
「ぉん。ありがとな」

 でもこれから取材なんよなあ。
 せっかく来てくれたのにゆっくり話す事も出来やしない。

「インタあるんやろ? 行って来。俺、お前迎えに来ただけやから」
「お迎えがご褒美の目的なんか」
「うん」

 妙に嬉しそうに笑う彼の裏のない表情に内心がっかりしながらも、仕事の為に立ち上がる。

「待っててな」
「だいじょぶやって。撮影もまだ続くんやろ。ちゃんとおるから」

 後ろ髪を引かれながら、光一の笑顔に送られて控室を後にした。



 待っていてくれたインタビュアーの人には申し訳ない位とっとと終わらせ、控え室に戻らず撮影は再開された。
 夜に弱いと延々零していた人間と同一人物なのかと疑う程、NGなしで確実に撮影を進めて行く剛に、新人スタッフは羨望の眼差しを付き合いの深いスタッフは苦笑と諦めを送る。

(ま、しゃあないわな)

 割とドライな思考を併せ持っている剛は、そんな視線をあっさり受け止め何処吹く風で撮影を終了させてしまった。
 大事な物が何か分かった今は、昔の様に迷う事がない。
 唯欲しい物を欲しい様に。
 素直に欲しがるまま手を伸ばす。
 十代の頃には出来なかったそんな動きを、今の剛は躊躇いなく実行した。

 この世の中で一番大切な物。
 それは家族でも友人でも故郷でも自分自身でもなく。
 堂本光一と言う人だった。
 好きで好きで好きで、思いだけで彼を穢してしまえそうな程はっきりと光一が欲しかった頃。
 素直に伸ばせなかった手を。
 確かに彼が受け止めてくれていると言う現実こそが、剛の最重要事項なのだ。

「こおちゃーん」

 お疲れ様の声を振り切る様にスタジオを飛び出して、ダッシュで控室に入る。
 この部屋を出てから四時間以上経っている。
 ずっと誰かが光一の相手を出来ていたとも思えないから、さぞ彼は時間を持て余していた事だろう。

 だが、しかし。
 扉を勢い良く開けた剛の目に入ったのは、光一の細い足首だった。

「なぁんや。寝てもうたんかい」

 控室の畳の上にべっとりと俯せて寝息を立てている薄い身体。
 あどけない寝顔を晒している光一の傍に、足音をさせずしゃがみ込んだ。
 時間の使い方としては、まあ有効な方だろう。
 顔の辺りには雑誌が開かれたまま置かれていた。
 する事もなく、かと言って外に出れる訳でもないのだから当たり前か。
 時間も深夜と言うよりは明け方に近い。

「光ちゃん、終わったで。帰ろう」

 一緒に帰ろう。

 この言葉を真っ直ぐ彼に渡せる様になった幸福。
 お互いの家に行くのではなく、どちらかの家に共に帰る事。
 その計り知れない幸いに、剛はひっそり微笑む。

 彼と手を繋いで生きる実感は、この脆く不安定な精神を強くした。
 気紛れな光一が見せる素直な愛情表現が愛しい。

「ん……、ん。つ、ぉし?」

 優しくその身体を揺すっていると、やっと眠り姫の重い瞼が上がって来た。
 かわいくていとしくて。
 嘘みたいに真剣だった。
 それはもう、滑稽な位。
 光一を愛していた。

 否、もっと単純に好きだった。
 大好きだと思う。
 呆気ない程簡単に、彼が「好き」だった。
 過去の恋人達が今の剛を見たらさぞ驚くだろう。
 あの頃は恋愛も何処か空虚だった。
 唯体温を求めるだけの幼い欲を他人に押し付けていた。

「おはようさん」

 こんな優しい表情が出来る人間だなんて、過去の恋人は知らないだろう。
 光一にだけ。
 今も「その他」に分類されてしまう人間には冷たい自分の事だ。
 光一はその他大勢の言葉に耳を傾けては、剛の何処見てんねんと憤ってくれるけれど。
 本当に俺は人非人だから。
 ほんの少しの人間しか大切に出来ない。
 それが自分のキャパシティーだと理解していた。
 その愛情の狭量に後悔はない。
 光一を最優先で大切にする事が、生きて行く上で一番大切な事なので。

「……おはよ、おわったん?」
「うん。待たせてもうてごめんな」
「んーん。へぇき。帰れるの?」
「おう。つよちゃん疲れたわー。帰って一緒に寝ようや」
「ん」

 寝惚けているうちに言質を取って、両腕を引っ張って抱き起こす。
 ふにゃふにゃの身体からは甘い香りがした。

 虫を誘う花の誘惑。
 微笑むその顔は花弁の儚さを内包している。
 薄紅のひとひらを孕んだ肌の色。
 剛を見詰めては幸せに滲む黒目の瑞々しさ。

 全てが大切だった。
 かつてこんなにも他人を大切に慈しんだ事等ない。
 身勝手に傷付いて、他人を顧みず横暴に生きて来た自分の辿り着いた幸福の場所。

 それは多分、ずっと昔から光一が用意していてくれた物で。
 気付くのに時間が掛かってしまった分、見失わない様に大切に生きて行きたいと心から思う。

 光一と歩む人生に幸多き事を。





元カレの頃に思い付いたお話。
幸福論。

拍手[29回]

2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 15

 昔、まだこの世界に入って間もない頃、俺はサーカスの見せ物にでもなった気分だった。
 芸をする物珍しさに惹かれて、見に来る人々。
 ステージの上は苦しい場所でしかなかった。
 あれだけ広い場所にどうしようもない閉塞感を覚えて。
 視界に映る全てが歪んで醜いものだった。
 俺は芸を仕込まれたライオンやない。
 お前等に見られる為だけに生まれて来た訳やない。
 此処にいる自分を必死に否定して、何も見ずに唯闇雲にもがき続ける。
 そんな時代が確かに自分にはあった。

 でも今は、少し違う。
 守りたいものが出来たから。
 大切にしたい事が増えたから。

「剛、行くで」
「ぉん」

 この人と手を繋いで。
 俺は、この広いステージの上を生き続ける。

 彼と二人、自由な姿で。





FINE BOYS 5月号(上野編)。
相変わらずの剛さん節だなあと。
動物園の檻の中にいる動物=ステージの上の自分。

拍手[6回]

2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 14

 じっと見詰められて、柔らかくキスをされて、優しく服を脱がされて。
 何も言葉を交わしていないのに、剛の指先一つ掬い上げる眼差し一つで大切にされているのが分かる。
 愛しいものを愛しいと言う様な、単純でとても分かりやすい動作だった。
 ベッドに押し倒されて、光一は静かに溜息を漏らす。
 心が苦しいと、訴えている。
 愛される事も大切に扱われる事も、自分は得意じゃなかった。
 振り返らない背中を気付かれずにそっと守る方が得意だったから。

 だから、苦しい。

「どしたん? ……やめる?」
「……な、んで」
「眉間」

 皺寄ってるで、と額を突ついて笑う。
 優しい笑顔。
 胸が詰まって呼吸出来ない。
 剛。
 剛。
 そんなに優しくしないで。

「やっぱ、やめよか」

 光一の答えを待たずにベッドから抱き起こして、脱がせたシャツのボタンを同じ仕草でゆっくり留めて行く。

「……つよし? ええよ?」
「こんな光ちゃんと出来へんわ」
「なんで」
「苦しい顔、してるやろ。したない訳やないやろうけど、」

 無理矢理やってるみたいで俺が嫌やねん。
 抱き起こした事を光一の為ではなく自分のせいにして。
 また、優しく笑う。

 剛。苦しい。
 苦しいよ。

「でも、一緒に寝よな」

 羽毛の様なキスを頬に落として、光一の身体を毛布で包んでしまった。
 光一はいつも寒そうやね、と静かに笑う。

「寒くなんかあらへんよ」
「そぉか」
「剛、が、いるから、」
「そやね」

 くっきりと笑って、それから一緒に横になった。

 光一は夢を見る。
 苦しくて甘くて、悲しい夢を。

 剛が一度も振り返らずに、歩き続ける夢。
 自分の事を罵って嘲って、もう要らないと無造作に捨て去る夢。
 それでも彼を思い続ける自分を。
 ずっとずっと、歪んだ愛を求めていた。
 優しくされる恐怖に怯えていた。

 眠りながら涙を零す光一を剛は抱き締める。

「お前は、まだ分かってへんだけやよ……」

 耳元で囁いた言葉が、早く彼に届けば良い。





愛情と臆病と成就しない恋物語。

拍手[10回]

2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 13

 人の道から外れた恋をしているから。

 別々に用意された楽屋の意味等聞くまでもなく分かる程度には、狡く大人になった。
 余り大っぴらに一緒にいてはいけない、と言う事位もう充分分かっている。
 誰に指摘されなくても自分たちが一番理解しているし、一番苦しんで来たのだから。

 それでも一緒にいる意味を。
 投げ出さずに逃げ出さずに、じっと愛し続ける事を。

 どうか。
 全ての人じゃなくて良いから。理解してくれなくても良いから。
 知って欲しい。

 俺達の、恋を。

 ろくに着替えもしないで、光一が剛の楽屋に上がって来た。
 まだこの後に収録が残っているから、空き時間の内に弁当を詰め込んで次の準備をしなければならない。
 そんな事を充分分かっている彼が、此処にいる意味を。
 多分自分は間違えずに理解している筈だ。
 衣装すら着替えていない癖に、きちんと台本だけは握り締めている光一に苦笑を向けて、「上がり」と言ってやる。

「弁当は?食べたん?」
「……、うん」
「嘘やろ」

 ぴしゃりと言われて、光一は怯む。

「まあ、ええわ。とりあえず、此処」

 おいで、と優しく招かれて光一は素直にテーブルを挟んで剛の向かいに腰を降ろした。

「なあ、光一んとこ行って弁当とハンガー持って来て」
「はい。次の衣装も持って来ましょうか?」
「ああ、せやな。うん、頼むわ」

 近くにいた若いマネージャーに鷹揚に言って、剛は軽く溜息を吐いた。
 隣の楽屋に向かうのを見届けてから光一へと向き直る。

「別に、気にする事ちゃうやろ?」
「……何が?」

 こいつは天の邪鬼だ。そして分かりやすい嘘つき。
 今時の小学生だってもう少しまともに隠せるものなのに。
 これは良くない成長の一つなのかな、とも思う。
 自分の気持ちに蓋をするのは、光一の得意技の一つだけど。
 自覚があって、それでも恍けようとするなんて、余り可愛くない態度だった。

(何も言わんで甘えようったって、あかんで)

 甘えて自分の気持ちを整理して、また何事も無かった様に笑うなんて。
 そんな事。
 俺が許さへん。

「剛さん、これで良いですか?」

 沈黙した空気を破る様に、マネージャーが荷物を抱えて帰って来た。
 光一の衣装を剛のそれの隣に掛けて行く。

「……ああ、ありがと。ちょお悪いけど、話あるから外してもらえる?後、外」
 人払いをしろ、とは明確に言葉にしない。それでも心得ているマネージャーは分かりました、と部屋を出て行った。
 これで、時間まで光一と二人きりだ。
 きっとチーフマネージャーには嫌な顔、されるんやろな。

「弁当、食べよか」
「うん」

 少し穏やかなトーンに声を戻して、優しく笑ってやる。
 剛の変化に流されて、光一は曖昧に箸を取った。

 元々の食欲の無さとさっきの収録の名残とで、余り食べたくない。
 でも、剛の前でそれをすると何を言われるか分かったもんじゃない。
 仕方なく、無難な煮物に手を伸ばした。

「お前、相変わらず不味そうに食うなあ」

 溜息まじりに呟かれた言葉は、優しかった。
 安心する。
 剛の言葉はその体温と同じ。あったかい。
 自分がどうしようもない理由で此処にいる事等、分かっている。
 本当は自分でも呆れる位。
 あんなもので揺らぐなんて、どうかしていた。

 いつもなら聞き流してしまえる程度の。
 けれど。

「こーいち。食べさしたるからこっち来」

 柔らかいトーンで促される。
 剛は絶対に全部気付いている。
 気付いていて、甘やかそうとして、それ以上に厳しく暴こうとしていた。
 彼の前に全てを晒すのは嫌いだ。
 でも、その温もりが欲しいから此処に来た。だから逆らわず剛の隣に言われるまま近付いた。
 暴かれてみっともなくても、剛じゃなきゃ。

「ほれ、あーん。お前今がりがりなんやから、も少ししっかり食えや」
「食べてる」
「嘘つき」

 楽しそうに笑って、剛が箸を運んだ。
 彼の世話を焼くのは、好きだと思う。甘やかして甘やかし抜いて、どうにもならない位追い詰めたい。
 何の躊躇も無く、全てを委ねて為すがままに口を開く彼が可愛いと思った。

「も、いい」
「もぉ?まだ全然やで」
「この弁当おっきいねん」

 まるで女の子の様な愚痴を零しながら、ご馳走様でしたと丁寧に頭を下げた。

「お前の小食はいつになったら治るんやろなあ」
「無理やって。そんな入らんもん」
「やからこんな軽いんやで、ほら。よいしょ」

 光一の腰を抱き寄せて、膝の上に抱える。

「つぉし! ……何っ!!」
「何って、抱っこやん」

 怒った顔をして、それ以上に照れた赤い頬で言葉に詰まっている。
 かわいい。

「……なあ、あんなん初めてやないやろ」

 不意に、何の前触れも無く本題に触れた。
 光一がこの部屋に来た意味。不安に思ってしまった事。
 本当はいつも不安な幼い心。
 甘やかしたい。暴き立てたい。傷付けたい。守りたい。
 ……本当は、ずっともっと愛したい。

「大体、台本の段階で出てたやん」

 その時の反応は出たとこ勝負を許してもらっているから、決めていなかったけれど。
 結果は最初から、収録よりももっと前から分かっていた。
 なのに、何で今頃。彼は傷付いた顔をするのだろう。

「まだ、俺の事信じられんの?」
「ちがっ!! そんなん言うてへん」
「言うてなくても思うてるやろ。まだお前は、俺がどっか行くと思うてる。お前以外の誰かを愛すると思ってる」
「そんなん……」
「違う、言い切れるんか? ずっと、思ってるやろ?」

 後の問い掛けは、なるべく穏やかな表情で。
 膝の上に抱えられた光一は所在無さげに、視線を彷徨わせる。

「こぉいち」

 呼べば、緊張した指先が剛の肩を掴んだ。
 なあ、愛してるんやよ。
 お前以外選べない位、見えない位、本気で。

「もし、俺が結婚するとして、」

 それはあり得る未来だった。
 彼を守る為だったら、彼と一緒にいる為だったら、きっと俺は結婚位してしまうだろう。

 永遠に二人きりでいられないのなら。
 それでも隣に立つ為なら。

「32歳やったら、割とすぐやんね」
「うん」

 戸惑いながらもあり得る未来を想像して光一が同意する。
 お前は弱いなあ。
 誰が、こんなお前を手放してやるもんか。

「それでも、な?」

 上目遣いで見上げて、その柔らかな髪に触れた。
 黒目がちな瞳が先を促す。安心させて欲しいと、雄弁に瞳が訴えていた。

「どんな時でも、俺はお前が一番や。一番、大切なんやで」

 お前の隣には、必ず。必ず俺がいるから。
 誰にも渡せない。

「やめへんよ。KinKi Kidsもこーいちの恋人も、絶対やめへんから」
「令嬢のパパに言われても?」
「おう。跡継いだって仕事続けるわ」
「ふふ」

 こんな、まだ現実に動き出していない未来にすら不安がる光一を。
 どうして手放せる?

 占いなんて、クソ食らえや。
 元々外道の恋やから、あんなもんに俺達の未来が映し出せる筈が無い。 最初から想定されていない現実だ。
 本当は、自覚したその時から見て見ぬ振りをしなければならなかった恋心。
 それでも、手を伸ばしたのは。

 彼が愛しいから。
 誰にも渡したくなかったから。

 唯、それだけ。
 それだけの思いを。
 たったそれだけでずっと育んで来た、この純然たる思いを。
 誰も、奪わないで欲しい。

「剛」

 明確な発音で、至近距離にある恋人を呼ぶ。

「ん?」
「ずっと、好きやよ」
「うん」
「お前が誰と結婚してもキンキ続けられなくなっても、ずっと」
「うん」

 沢山の言葉は要らない。
 不器用な彼が綴る愛の言葉は、至上のものだと思った。

「剛だけが、好き」
「そか」

 引き寄せて、触れるだけのキスをした。
 可愛い可愛い光一。
 優しくしたい。甘やかしたい。

 この愛を、守り続けたい。





キョーダイ坂井真紀ちゃん。
きっと光ちゃんは気にしないだろうけど、私が気になってしまったので。

拍手[23回]

2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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