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今回のドラマは、はっきり言って辛い。
昔の、ほぼ二十四時間拘束される撮影もそれはそれはきつかったが、こうして夜中ばかり集中して詰め込まれるのもきつい。
大体、俺夜は弱いっちゅーねん。
ぶつぶつどうしようもない事を心の中で思いながら、スタジオの廊下を歩く。
今日はスタジオ撮影だから幾らか楽だった。
ドラマ撮りでもう一つ辛い事と言えば、待ち時間である。
出演シーン自体は多いものの、主役故に他のシーンが続いても帰る事すら出来ない。
このまま撮影がスムーズに行ったとしても二時間は空く。
確か、待ち時間に二つインタビューを受ける筈だ。
溜息を吐きながら控室の扉を開けると、ふわりと甘い匂いが漂った様な気がした。
「お疲れー」
扉を開けて呆然と佇む俺に呑気に笑い掛けるその笑顔は、オフの時特有の砕けた笑い方だ。
「……お前、何で此処におるん?」
上手く事態に対応出来ない思考回路を叱咤しながら、光一に近付く。
椅子にだらしなく座って剛の鞄の中から勝手に出したと思われる雑誌を手にして。
オフは一緒に過ごさないと今更な嘘を平然と口にする光一の、その言葉は半分本当だった。
お互いが休みであれば飽きる事なく一緒にいるけれど。
こうして仕事場に前触れなく現れるのは、初めてじゃないだろうか。
へらりと笑って見上げて来る目線の優しさに目眩がした。
「来たらあかんかった?」
「そんな事ないけど……」
お前そんなんせぇへんやん、と小声で付け足すと、光一は困った様に笑う。
「ごほぉび、やねん」
「ご褒美?」
いまいち舌の回っていない言葉に、鸚鵡返しで問い返した。
「うん、剛さん頑張ってるから」
はにかむ様に笑う邪気のない光一の前髪に触れて、セットされていないその柔らかい感触を楽しむ。
少し考える素振りを見せて、可愛い子やねと聞こえない様に呟いた。
「お前がご褒美言う事?」
「……うん」
躊躇いながらもしっかりした目で見上げて来る。
「……誰に入れ知恵されたん?」
「え? 何が」
「そんな嬉しいご褒美、お前だけで思い付いたとは思えん」
何で分かるの、と雄弁な瞳が問うている。
そんなん明日の天気当てるより簡単な話やで。
お前こそ、何年の付き合いや思うてんの。
「やって、マネージャーが、……言うねんもん」
「何て」
「……そんなん、言えへん」
余程気恥ずかしい事を言われたのだろう。
そして、その言葉に納得してしまい此処にいる事が、更に光一の羞恥心を煽っていた。
「うん、まあええわ。理由がどんなでも確かに俺にはご褒美やしな」
「ほんまに?」
「ぉん。ありがとな」
でもこれから取材なんよなあ。
せっかく来てくれたのにゆっくり話す事も出来やしない。
「インタあるんやろ? 行って来。俺、お前迎えに来ただけやから」
「お迎えがご褒美の目的なんか」
「うん」
妙に嬉しそうに笑う彼の裏のない表情に内心がっかりしながらも、仕事の為に立ち上がる。
「待っててな」
「だいじょぶやって。撮影もまだ続くんやろ。ちゃんとおるから」
後ろ髪を引かれながら、光一の笑顔に送られて控室を後にした。
待っていてくれたインタビュアーの人には申し訳ない位とっとと終わらせ、控え室に戻らず撮影は再開された。
夜に弱いと延々零していた人間と同一人物なのかと疑う程、NGなしで確実に撮影を進めて行く剛に、新人スタッフは羨望の眼差しを付き合いの深いスタッフは苦笑と諦めを送る。
(ま、しゃあないわな)
割とドライな思考を併せ持っている剛は、そんな視線をあっさり受け止め何処吹く風で撮影を終了させてしまった。
大事な物が何か分かった今は、昔の様に迷う事がない。
唯欲しい物を欲しい様に。
素直に欲しがるまま手を伸ばす。
十代の頃には出来なかったそんな動きを、今の剛は躊躇いなく実行した。
この世の中で一番大切な物。
それは家族でも友人でも故郷でも自分自身でもなく。
堂本光一と言う人だった。
好きで好きで好きで、思いだけで彼を穢してしまえそうな程はっきりと光一が欲しかった頃。
素直に伸ばせなかった手を。
確かに彼が受け止めてくれていると言う現実こそが、剛の最重要事項なのだ。
「こおちゃーん」
お疲れ様の声を振り切る様にスタジオを飛び出して、ダッシュで控室に入る。
この部屋を出てから四時間以上経っている。
ずっと誰かが光一の相手を出来ていたとも思えないから、さぞ彼は時間を持て余していた事だろう。
だが、しかし。
扉を勢い良く開けた剛の目に入ったのは、光一の細い足首だった。
「なぁんや。寝てもうたんかい」
控室の畳の上にべっとりと俯せて寝息を立てている薄い身体。
あどけない寝顔を晒している光一の傍に、足音をさせずしゃがみ込んだ。
時間の使い方としては、まあ有効な方だろう。
顔の辺りには雑誌が開かれたまま置かれていた。
する事もなく、かと言って外に出れる訳でもないのだから当たり前か。
時間も深夜と言うよりは明け方に近い。
「光ちゃん、終わったで。帰ろう」
一緒に帰ろう。
この言葉を真っ直ぐ彼に渡せる様になった幸福。
お互いの家に行くのではなく、どちらかの家に共に帰る事。
その計り知れない幸いに、剛はひっそり微笑む。
彼と手を繋いで生きる実感は、この脆く不安定な精神を強くした。
気紛れな光一が見せる素直な愛情表現が愛しい。
「ん……、ん。つ、ぉし?」
優しくその身体を揺すっていると、やっと眠り姫の重い瞼が上がって来た。
かわいくていとしくて。
嘘みたいに真剣だった。
それはもう、滑稽な位。
光一を愛していた。
否、もっと単純に好きだった。
大好きだと思う。
呆気ない程簡単に、彼が「好き」だった。
過去の恋人達が今の剛を見たらさぞ驚くだろう。
あの頃は恋愛も何処か空虚だった。
唯体温を求めるだけの幼い欲を他人に押し付けていた。
「おはようさん」
こんな優しい表情が出来る人間だなんて、過去の恋人は知らないだろう。
光一にだけ。
今も「その他」に分類されてしまう人間には冷たい自分の事だ。
光一はその他大勢の言葉に耳を傾けては、剛の何処見てんねんと憤ってくれるけれど。
本当に俺は人非人だから。
ほんの少しの人間しか大切に出来ない。
それが自分のキャパシティーだと理解していた。
その愛情の狭量に後悔はない。
光一を最優先で大切にする事が、生きて行く上で一番大切な事なので。
「……おはよ、おわったん?」
「うん。待たせてもうてごめんな」
「んーん。へぇき。帰れるの?」
「おう。つよちゃん疲れたわー。帰って一緒に寝ようや」
「ん」
寝惚けているうちに言質を取って、両腕を引っ張って抱き起こす。
ふにゃふにゃの身体からは甘い香りがした。
虫を誘う花の誘惑。
微笑むその顔は花弁の儚さを内包している。
薄紅のひとひらを孕んだ肌の色。
剛を見詰めては幸せに滲む黒目の瑞々しさ。
全てが大切だった。
かつてこんなにも他人を大切に慈しんだ事等ない。
身勝手に傷付いて、他人を顧みず横暴に生きて来た自分の辿り着いた幸福の場所。
それは多分、ずっと昔から光一が用意していてくれた物で。
気付くのに時間が掛かってしまった分、見失わない様に大切に生きて行きたいと心から思う。
光一と歩む人生に幸多き事を。
2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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