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2025/05/24

halfway tale 47





 大切過ぎて触れられない、と言う言葉は真実だと思う。
 無茶苦茶に掻き抱いた夜も二人の間には存在するのに、今は唯大切にしたいとだけ願った。矛盾した感情は、それでもまだ『愛』に起因しているのだろう。
「おい、お前人んとこ来といて、よぉ寝れんなあ」
 投げた言葉は独り言の響きを持って、楽屋の空気に紛れた。自分が歌い終えたのは、少し前の事だ。馴染んだ会場で慣れたメンバーと音楽をする。こんな我儘を許すのは、事務所でもファンでもなかった。此処で眠る、パートナーだけが、唯一自分を許してくれる。
 お前がいなかったら、俺は。歩いていられなかった。此処まで辿り着けなかった。だから愛してる、なんて自己愛ばかりで情けないけれど。本当に愛していると思った。
 決して強くはない人、それなのに凛と歩く怖い物知らずな貴方。愛おしい。大切にしたい。手放したくない。ずっと、此処にいて欲しい。
 汗をかいた身体を簡単に拭って、熟睡している光一の傍に寄った。安らかに眠る横顔は、喧噪とも熱気とも相容れない。ほんの僅か前、自分がステージに立っていた事を忘れそうだ。
 あの音の中、眠っていられるのなら大した物だ。元々、俺の声は子守唄になると言って憚らない人だけど。
 突然彼が此処を訪れるのは、初めてではない。名前を変えライヴを始めてから何度も、思い付いた様にふらりと現れた。この人のスケジュールは何年経っても詰まっていて、だから気まぐれに訪れている訳じゃない事位分かる。何気なさを装わなくては相方の居場所に入り込めない臆病もちゃんと、理解していた。
 ライヴ前の緊張を緩めるでもなく、仕事の話を持って来るでもなく、唯光一はこの場所で準備する自分を見詰める。その視線は可哀相な程真っ直ぐで、痛々しかった。お前は、生きる世界が広がったのにまだ、そんな目で俺を見れるの。
 剛しかいらない、と告げた強い言葉。あれはいつの夜だろう。前向きな響きのない暗い告白。そんなものばかり欲しがった自分。光一の身体を引き裂いて食べてしまいたいと、本気で思っていた。そうすれば、こんな風に苦しまないで済む。別々の身体だから、全てを理解出来ないから苦しいのだと。身勝手で傲慢な自分は、多分今も変わらなかった。
 けれど、目の前で眠る光一を見て、容易には手を伸ばせないと竦む大人になった自分がいる事も事実だ。ねむるとあどけない少女の色を持つ頬。いつまでも夢を見ていたくはないと思うのに、彼はまだ夢を見せてくれる。美しい存在なのだと信じられた。ずっと傍にいて、彼の男らしい部分も熟知している。女の様な柔らかさはない筈なのに。
 まだ、惑う。簡単に折れそうな首のラインや手入れを嫌がっても尚赤い唇が。彼を弱い生き物に見せた。強い人だと分かっているのに、触れてはならない高潔な存在なのだと思ってしまう。
「こぉいち」
 大人になっても手放さなかったのは、ギターと光一だけだ。複雑になりがちな胸中を鎮めてくれるのは、いつもこの存在。なあ、お前はどうして此処に来てくれるの。一人で音楽をやりたいなんて、我儘を言った自分をどうして。
 答えは聞かなくても分かっていた。光一はきっと笑って言うだろう。そんなん許すも許さないもないやろ。剛のやりたい事、俺が反対する訳ないやん。聞き分けの良い子供の賢さ。そうして、花が綻ぶ様に告げるだろう。剛の歌、好きや、と。
 お前に甘やかされて生きて行く事は、もう苦痛じゃなかった。そうする事でバランスを取っているのは俺だけじゃないと気付いたから。支える事で守る事で、光一もまた強い自分で生きていられる。その感情がいつか、依存ではなく愛だけで構築されたら良いと願った。
「愛してる」
 そっと、乾いた唇に人差し指を滑らせる。キスにすら臆病な恋人が、こんな風に眠る自分の唇に触れている事を知っていた。可愛い人。いつまでも自分の感情に戸惑う幼いその心。ゆっくりと往復させて、それから自分の唇にその指を同じ仕草で滑らせた。間接的な接触。
 あんな大音量を子守唄にしてしまう人を抱き締める術が見付からない。触れたいのに、壊してしまいそうで怖かった。今は、この存在を失うのが堪らなく怖い。別々に存在しているから、苦しいけれどそれ以上に救われていた。
 愛するとは、そう言う事なのだと、大人になった自分は知っている。身勝手に自分の裡に取り込んで同じ物になるより、手を繋いで見詰め合える距離にいたかった。
「……ん」
 繊細な黒い睫毛が揺れて、覚醒の気配。その瞳に映る自分が、強い男である様に。好きなギターを弾いて大切な貴方が手の届く距離にいる夜位はどうか、迷いのない自分でいさせて。
「つよし」
「うん、おはよ」
 躊躇わず伸ばされた両腕の望むまま柔らかく抱き締めた。触れるのを怖がる卑怯な大人になった自分もいるけれど、お前が望むなら何度でも。その身体を抱き留めるよ。愛してる。



同じ場所で生きられない幸福を。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 46





 貴方に甘やかされて、生きて行きたい。
 戻って来た、と思った。小さな紫の空間は既に自分の居場所だ。其処にあるオーディエンスの視線は、もう怖くなかった。
 満ち足りた気分で初日を終える。水を得た魚の様だと自分で思った。
 明日も早いからと言い訳をして、本番が終わるとなるべく急いで会場を後にする。あの場所は俺の闘う一人の空間。これから向かう先は、俺を甘やかしてくれる唯一の場所。
 どちらも欲しいと言ったら、恋人は甘く笑った。それがええよ、剛は欲張りなんが良い。遠慮がちに差し出された掌には打算も欲もなくて、愛されている事が分かったから素直に従った。
 醜い心も汚い気持ちも全部。その手の上に置き去りにして、望むままに動き出す。そんな自分はやっぱりどうしたって醜くて、でも彼はカッコ良いでと笑った。いつでも笑ってくれた。
 きっと今頃自分の部屋でいつ行こうか、と悩んでいる筈だ。同じ敷地の中で生活しているのだからもっと気軽に来なさいよ。何度言っても聞かない可愛い人。
 水槽の青い光を浴びながら愛犬を抱えて蹲っている姿が目に浮かんだ。マネージャーを急かして、車を走らせる。一刻も早く、あの甘い身体を抱き締めたかった。
 明日の入り時間をしつこくマネージャーに確認され、相変わらず信用されてないとエレベーターの中でふてくされる。ひっそり事情を察しているらしい彼は、何も言わずに釘を刺した。歯止めが利かない自分の性格を良く把握されている。
 もう、大丈夫なんやけどな。恋人と過ごす夜も必要だけど、あのステージも自分には生きる場所になってしまったから。手放さない。投げ出さない。
 信用されないだけの実績があるから仕方ない、と一人ごちて部屋の扉を開けた。漏れる明かりが存在を教えてくれる。
「こーいち」
 名前を呼ぶ。口の中で飴を転がす様に、声は甘くとろけた。すぐに人間と犬の足音。可愛いとこっそり笑う。先に姿を現したのは愛犬で、でも小さな塊を抱き上げるより先に甘い身体が飛び掛かって来た。
「お帰りー」
「……ただいま。なぁんやの、熱烈歓迎やなあ」
「つよしぃ」
「はいはい」
 玄関先で思い切り抱き着かれて、バランスを崩した情けない身体はそのまま床に尻を着いた。どうにか薄い身体は抱き留めていたけれど、この甘え方はどうしたものか。
 荷物を放り投げて、愛犬には手探りで頭を撫でてやって、とりあえず腕の中にいる人をしっかりと抱き締める。一週間ぶりだった。
「……お前、何でツアー始まってすぐやのに、こんなに痩せてんねん」
「痩せてませんー。メッチャ健康やで?」
 抱き着いたままの光一は嬉しそうに、丸い指先で身体のあちこちに触れて来る。ぎゅっとしがみついたままだから表情は見えないけれど、きっと子供みたいな顔をしている筈だ。
 膝の上に乗せた身体は、一週間前よりもずっと華奢で女の子よりも繊細な生き物に思える。とは言っても、その神経は繊細とは程遠い所にある人だった。だからこそ余計その差異に驚かされる。
「健康なんはええけどね。あんな、光一さん。玄関先でこの体勢は辛いんやけど」
「うん。ライヴどぉやった?」
「……貴方、人の話聞いてませんね」
「うん。楽しかった?」
「そりゃ楽しかったですよ。こーいちやって今楽しいやろ?」
「ん。生はええな。一番好きや」
 満足そうに笑む光一は、やっと身体を離して目を合わせた。抱き着いていた腕は首に回されて至近距離に顔を寄せられる。
 視覚で確かめれば痩せたのは一目瞭然だった。それでも楽しそうに綻ぶ目許とか、ピンクに色づいた唇だとかを見ていたら、お小言を言うのも憚られる。一週間ぶりの逢瀬なのだから、もう少し甘やかしても良いか。
 諦めて、どっこらしょと声を掛けながら光一ごと立ち上がる。急に動いた身体に驚いたのだろう。ぎゅっと抱き着いて来た光一の髪が頬をくすぐった。柔らかな毛先からは自分のシャンプーの匂いが香る。寂しがりな恋人は、自分の不在を埋める為に嗅覚に頼る事が多かった。
 細い足まで腰に絡めて、落ちない様に必死な彼は可愛い。ぐずぐずに甘やかしてしまいたい。これからの時期は多分二人とも一杯一杯で、相手の事を気遣っている余裕はなくなるだろう。けれど、優しくしたい自分がいる。
「何でこんなに甘えんぼさんなんでしょうね」
「……サービスや」
「お前、そんなかわええ事言うてどないすんの」
「どないすんの、って?」
 きょとんとした声に苦笑を零す。一通りの事は全てしている癖に、彼はこうして何も知らない少年の様な声を出す事があった。意識しての事ではない。彼の性質なのだと気付くまでには時間が掛かってしまったけれど。
 他意のない瞳を覗き込みたくなって、寝室まで行かずソファに背中から光一を降ろした。その上に覆い被さる様に重なる。
「……何。すんの?」
「ふふ、相変わらず情緒のない子ぉやね」
「いらんやろ、そんなん」
「そぉやな。情緒なくても、光一は他に一杯あるからええよ」
「何それ」
「言葉のまんまですよ。待っててくれてありがとな」
「……う、ん」
「ただいま」
「お帰り。お疲れ様」
 答えて、柔らかなキスを与えられる。労る仕草。桃色の唇は、誘惑の色を孕まずに口付けを繰り返す。
「お前、可愛いなあ」
「可愛い言うな」
「うん、かわい」
 柔らかな唇を塞いで、早急なキスを仕掛ければ素直に受け入れられる口内。肌の乾いた温度とは違う熱。欲しいと思って、けれど無理は出来ないと言う理性的な判断が先に立った。
「よし、おしまい。俺、眠いわ」
「そぉなん?」
「うん、疲れたわ。光一も疲れてるやろ?」
「俺は平気、やけど。剛が疲れてるんなら、俺帰るで」
「あー、帰らんでええから。一緒に寝たい」
「うん、ええよ。風呂入って来」
 覆い被さっている身体を上手に抱き締めて、大人の声で優しく笑んだ。剛といると優しくなれる自分を知っていた。嬉しい心を受け止めたがる人だ。素直に感情を表現するのは苦手だけど、大人を装っても子供に戻っても、剛は喜ぶ。
「光ちゃんも一緒入らへん?」
「えー」
「お風呂でぎゅうってしたい」
「お前、それ。可愛子ぶっても可愛くないで」
「……でも、光一さんの目には可愛く映るんやろ?」
 起き上がった身体をもう一度抱き締めれば、しゃあないなあと気のない声を返される。照れ屋な所はいつまでたっても治らなかった。それでも良い。こんなに可愛い子が可愛くいられたら、自分の理性はすぐに擦り切れてしまう。
「おねだり成立やね」
 抱いた腕を解かずに、浴室へと誘った。顔を背けた光一の耳が淡く染まっていて、惹かれるままにそれを銜える。途端に暴れた身体を上手に納めて、時間を見計らって温められた浴室の扉を開けた。
 光の下も貴方の腕の中も、全て手に入れたい。強欲な俺を、貴方は笑って抱き締めてくれるかな。



エンドり様、初日おめでとー!



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 45





 一人じゃ上手く笑えない自分を知っている。作り物の笑顔ばかり覚えた自分がいる。
 それに後悔はなかった。全て生きて行く為に選んだ事だ。本当に笑う事が出来なくても構わない。そう、諦めていたのに。
 雨の降る夜は不安が募る。
 根拠のない感情は嫌いだった。何処に行ったら良いか分からなくなる。
 妙な浮遊感と、止まらない焦燥感。こんな夜は、誰か傍にいて欲しかった。
 それが誰でも良ければ、もう少し自分には救いようがあったと思う。ホテルの部屋は疑うべくもなく一人で、此処にいて欲しい人は遠い場所。
 寂しいとやっと言えるまでになったのに。言葉にしたい時に限って、彼は隣にいてくれない。
 ベッドに寝転がっても消えない臆病。傍にいて欲しい。ステージの上で楽しければ楽しい程、寂しさは募った。
 俺を一人にしないで。
 夜は深い。連絡を取る事は出来なかった。

 溜め息を一つ零して、部屋中に悲しみをちりばめる。
 此処にはいられないと悟って、力の抜けた身体を起こした。

「秋山んとこ行こ……」

 決意して呟くと、携帯をベッドに投げて部屋を出た。
 几帳面な後輩は、きっと自分を投げ出さずに迎えてくれる。
 弱くなった自分に少しだけ甘えて、傍若無人な素振りで同じフロアの部屋に逃げ込んだ。拒まずに開かれる空間。
 ドアを開けた後輩は、困った様に笑んで優しく抱き締めてくれた。



楽しい時間は、いつも長く続かない。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

halfway tale 44





 ツアーの始まる前日にこんなにゆったりとした時間を持てたのはいつぶりだろう。いつも始まる直前まで調整をして、時間がないと必死な時ばかりだったのに。今回は、前日に会場入りして最終リハーサルも終わった。順調に進んでいると自分でも実感する。
 ホテルに戻ってベッドの上で一人微睡んでいると、MAが全員揃って呼びに来た。秋山の部屋でゲームをすると言う。期待に輝いた町田の目を見たら、素直に頷いていた。
 彼らといる時間は楽しい。どの瞬間よりも落ち着いた自分でいられた。それは、きっと彼らが優しいからだ。俺の呼吸がしやすい温度をちゃんと知っている。
 結局何が始まるのかと思えば、用意されたのはトランプだった。にこやかに「大貧民出来ますか」と問われる。何となくなら分かると答えた自分に、思い出しながらやりましょうと笑った米花は、後輩ではなく優しい兄の雰囲気だった。甘やかされてるなあと思いながら、分かんなかったら聞くと小さな声で呟いてみる。それすらきちんと掬われて、上手く笑えなかった。大事にされる感覚はいつまでたっても慣れない。
 盛り上がってポイント制なんて勝敗の付け方をしていたら、気付くと時間は深夜に差し掛かっていた。MAはまだまだ皆元気だ。遊び慣れていると言うか、体力があると言うか。否、自分も深夜や体力には自信があるから、気持ちの問題だろうと思う。
 昔からこんな風に、大人数で盛り上がって朝まで遊ぶなんて事はしなかった。出来なかった、が正しい。いつも周囲の反応が怖くて、外の世界なんか見ようとも思わなかった。自分の世界はずっと、小さな場所にある。今は少し広がったのだろうか。彼らといる事で、自分は変われるのだろうか。
「光一君?」
「……え」
「眠くなっちゃいました?順番っすよ」
 屋良の大きな瞳がじっと覗き込んでいた。彼は、何も考えていない様に見えて空気を読むのが上手い。多分間違いなく、ゲームに関しては何も考えていないけれど。
「あ、違う。ちょぉ飛んでた」
「すぐ一人の世界行っちゃうんだもんなあ。光一君次勝ったら、大富豪戻れますよ」
「よし!頑張るか」
 手許にあるカードを慎重に選ぶ。ゲームは好きだった。この雰囲気も楽しい。けれど、いつまでも慣れずに疎外感を感じる自分がいた。この場に俺は相応しい?考えても仕方のない事だった。彼らはいつでも俺を迎え入れてくれる。でも、怖い。ずっと一人だったから。
 カードを切ると、秋山が大袈裟にああだのううだの言っている。町田は冷静なポーカーフェイスを崩さなかった。カードを間違えただろうか。読めない表情を見詰めていると、視線に気付いて顔を上げる。
「そんなに見られると、俺緊張するんですけど」
「町田、こんなとこでまでそんな丁寧にネタしなくて良いから」
「ネタじゃないですよー。本気ですってば!」
「はいはい。ありがと」
「光一君、本気にしてないでしょ」
「してますよー。俺も町田大好きだもん」
「……光一君、言い過ぎです」
 目の前に座る米花に注意される。町田に比べれば、別に大した事言ってないんだけどな。
 その瞬間、ジーンズのポケットに入れている携帯が振動した。珍しく持ち歩いているのは、マネージャーが口うるさいからだ。何処にいるのか分からないと困ると言われて、きちんと持っている。急な振動に驚いて、カードを落としてしまった。隣にいる屋良が素早くそれを纏めて伏せてくれた。
 長い振動は電話の着信だ。携帯を取り出して、背面に表示される名前を見た。マネージャーだと思っていたそれは、あっさり裏切られる。
「あ、……」
 どうしようかと一瞬悩んだ。このまま出なくても良い電話。躊躇して、出る為に動こうとした身体を止めた。四人も動きを止めて、こちらを伺っている。迷って、出る事に決めた。こんな時間に掛けて来る事自体珍しいのだから。
「ごめん、ちょっと出て来る」
 さすがに彼らがいる所で出るのは躊躇って、部屋の外に行こうと立ち上がった。それを遮る様に秋山が口を開く。優しい眼差しだった。
「剛君でしょ、此処で出て平気ですよ」
「でも」
「部屋の外出られる方が心配だから」
 秋山の言葉に他の三人も頷く。もう一度謝って、輪の中から抜け出ると通話ボタンを押した。窓際にあるソファの隅に座る。彼らは聞かない振りでゲームを進めていた。
「……もしもし」
「ああ、出た。起きとった?」
「うん。今ゲームしてて」
「ああ、声聞こえるな」
「やろ?大貧民やってんねん」
「……皆、一緒?」
 変わらない嫉妬。他の人間と二人でいるのをとても嫌う人だった。剛に言われなくても、剛以外の人で二人きりになるのなんてマネージャー位のものだ。
「うん。一緒。五人でやってんの」
「そぉか。ゲームやれてるって事は余裕なんやね」
「うん、今日も早く終われたし。剛は?」
「今日はスタジオでリハやったよ」
「もうすぐやもんな。順調?」
「ぉん」
 気まぐれに掛かった深夜の電話に意味はないらしい。別に今更ソロの活動を心配する様な事もなかった。お互いの場所で生き抜く事は、既に暗黙の了解だ。それでもこうして電話をくれる事をちゃんと嬉しく思う事にしていた。
 ベッドの上で続けられるゲームは一周して、自分の番になっているらしい。カードを持ったまま、明日の事を笑顔で話していた。彼らがいる限り、自分のソロ活動は怖くない。
「こんな時間まで起きてて平気なん?」
「どうやろなあ。もう眠いわ。さっきまで曲作ってたん」
「まだシングル切らんやろ?」
「ああ、仕事とかやなくて。帰りに思い付いて、作り始めたら没頭してもうた」
「そっか」
「……明日、」
「うん?」
「頑張りや」
「うん。ありがと。大丈夫や」
 答えれば、受話器の向こうで苦く笑う気配。その吐息一つで伝わる事があった。剛と自分は、昔からずっと表情や仕草の僅かな動きでお互いを理解している。だから、言葉に振り回されて見失う事が少なかった。
 大丈夫と言ったから?俺が一人で大丈夫だと、お前は嫌?気配は見えても、その心の奥を見通すのは容易ではない。剛はずっと分かり難くなってしまったから。
「……あかんなあ」
「つよ?」
 問い掛けに反応したのは、町田だった。離れた場所から静かに視線を向けている。彼の真っ直ぐな愛情は暖かかった。MAは、俺の欲しい物を違えずに必ずくれる。けれど、それに視線は返さず受話器の向こうに意識を向けた。
「つーよ?」
「うん、俺あかんなあと思って」
「何が?」
「いっつも嬉しい気持ちと悔しい気持ちがあるんや」
「……どーゆー事?」
「お前はもう、俺が抱いてやらんでも一人で立てるんやなあと思って」
 それこそ今更だと思った。今更、互いの活動を憂えるなんて滑稽だ。二人きりの場所から全然違うフィールドに飛び出したんは、お前やで。ちゃんと分かってるか?
 思っても、そんな理屈だけじゃ治まらない感情があると知っている。一つ溜め息を零して、ちらりと視線を四人の方へ向けた。さり気なく逸らされた目は捕えない。聞こえる距離にいる四人。でも、今よりもっと際どい言動を彼らは知っている。此処で電話しても良いと言ったのは秋山だった。この言葉が彼らを裏切るものでなければ良い。
「なあ、剛」
「ああ、ごめんな。変な事言うて」
「ううん。変な事ちゃう」
「大丈夫や。お前が平気な事ちゃんと知ってる」
「つよ、違うんよ」
「違わんわ。いっつも間違った事言うのは俺や」
 一人で起承転結を付けて傷付くのは、剛の悪い癖だ。こんなにも晒している癖に、こんなにも暴いた癖に、まだこの人は臆病な素振りを見せた。酷い男だと思う。
「剛」
 名前を明瞭な発音で綴る。彼の耳に届く様に、願わくば彼らの耳から遠ざかる様に。
「俺は、今でもお前が必要やよ」
 そう言葉にしてしまう事自体、自分の中で遠く突き放しているのが分かった。小さな頃の、生死を賭けた切迫した感情は、もう何処にもない。二人きりの世界にはもう、二度と戻れなかった。先に手を離したのは剛だ。
 けれど、遠くに立ったからこそ必要だとも思う。依存から成り立つ愛情よりは、ずっと正常な関係だった。俺に後悔はない。唯幼い日の距離が近過ぎて、少し薄情な気分になるだけだった。
 剛、俺はいつでもお前が必要やで。お前が一人で生きる事が出来たとしても、俺は永遠にお前が欲しい。
「うん、……ありがと。俺もずっとお前が好きや」
「ん、知ってる」
「そうやな。明日、頑張りや」
「うん」
「ほな、な」
「お休み」
 柔らかな吐息でお休みと返されて、呆気無く通話は終わった。もう自分には嘘の言葉が見抜けない。遠くに立ってしまったから、それで良いと納得してしまったから、剛の全てを分かる事は不可能だった。どれだけ愛しいと思っても、二人はまるで違う世界にいる。
 携帯を閉じて、乾いた唇から吐息を零した。諦めではない。唯、自身を納得させなければならないだけ。弱いのは、いつだって自分だ。小さな世界で一人、蹲りそうになった。
「……光一君」
「あきやま」
 顔を上げると、すぐ間近にはっきりとした眉を顰めて笑う人がいる。腕を引かれて、為すがままに立たされた。秋山の口許には優しい笑みが保たれている。
「そんな風に溜め息吐かれたら、優しくしたくなっちゃうでしょ」
「……秋山」
「うん。俺らはちゃんと此処にいますから、そんな不安そうな顔しないで下さい」
「不安なんかじゃ」
「俺らは、光一君が呼んだら絶対に駆け付けます」
 貴方を悲しませるのは、世界中でたった一人。運命を分けた彼だけで十分だった。俺達は、いつでも何処にいても貴方の声に応えるから。
「だから、一人で泣かないで下さい」
「俺、泣いた事ないで?」
「うん、一人の世界じゃ泣く事も笑う事も出来ないからね。俺達が一緒にいるから、笑って下さい」
「……ん」
 分かった様な分からない様な面持ちで光一は頷く。かつてこんな風に優しくされた夜があっただろうか。一緒にいて、笑う事も泣く事も許されなかった時もあった。小さな場所で蹲れば胸の痛みは消えたから、誰にも見せられない醜い感情だと思っていたのに。
 おまえ達は、こうやって俺を溶かして行くんやな。腕を引かれて輪の中に戻された。屋良がカードを差し出して、光一君待ちですよと屈託無く笑う。
 明日は、ツアーの初日で。これからはずっと、こいつらが傍にいてくれる。その幸福に甘えても良いのだろうか。町田の視線が甘い。俺は、この場所にいても良いんだろうか。カードを見ようと俯けば、真正面から伸びた大きな手が頭を撫でて優しく髪をかき混ぜられる。
 涙が出そうだった。どうして、こんな夜を迎えられるのか。いつでもホテルの部屋で一人だった。こんな風に甘えられる場所は知らない。
「光一君……」
 躊躇いがちに声を掛けられて、本当に涙腺が緩んでいる事に気付いた。町田が手を伸ばそうとして、触れる事さえ出来ずに名前だけ綴られる。カッコ悪いな、と呟くと左手で目許を覆った。
「ごめん。何でもないんやけど」
「……大丈夫だから、此処なら怖くないよ」
「うん。ありがとう。俺、お前らがいて、良かったって」
 秋山が、そうだねと頷いてくれる。俺らがいて良かったでしょ?ちゃんといるから、大丈夫。貴方の後ろで、貴方の事を支えるよ。
 熱くなった目許を冷えた手で抑えると、ゆっくり顔を上げた。俺の悲しみの近くに、彼らはいてくれる。四人の顔を見渡して、なるべく優しく笑った。目尻に残った朱の色が、その表情に悲哀を濃くしてしまったけれど。
「明日、頑張ろ、な」
「当たり前ですよ」
「俺ら凄く楽しみにしてたんだから」
「光一君と一緒に出来るの嬉しいです」
「うん」
「……ほら、光一君がカード出さないと進まないんだから!俺このまんまだと大貧民で終わっちゃうし」
「秋山、それはお前が弱いせいやわ。続けても絶対そのポジションやでー。ええなあ、お前おいしくて」
「こんなネタ作りいりませんよ。俺は本気で勝ちに行きます」
 秋山の明るい声に救われて、元通りの雰囲気が戻った。この場所は、剛と二人きりの世界とは遠く、とても優しい。出来る事ならずっと一緒にいたいと言ったら、飽きれられるだろうか。嫌がられるだろうか。こんなに幸せな夜を、俺はもう手放せなかった。
 明日からの長く短い時間を、宿命の人とではなく、自分が選んで望んだ人と一緒に過ごす。彼らが優しく名前を呼んでくれたら、俺はきっといつでも笑える気がした。



初日おめでとう!



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halfway tale 43





 思わせぶりに目配せして、ゆっくり誘い出す。
 部屋に入ったら抱き締めて、少し低い声で戯れの愛を囁く。
 そのまま柔らかなベッドに押し倒して、華奢な体を辿る。
 全身に口付けて、怯えさせないように。
 全て、本能が知っている事だった。考えなくても勝手に体が動く。
 女を抱く事が本来の自分に課せられたDNAよりの使命だ。簡単な筈なのに。
 誘い出したダンサーの姿は既になく、唯一人服すら乱していない自分がベッドの上にあるばかり。
 光一は、自分自身を試していた。抱かれることに慣れた体は、今も本能を有しているのか。剛以外の人間と体を重ねても快感を得られるのか。
 答えはノーだった。誰も抱けない。誰にも抱かれたくない。考えてどうにか抑えられる衝動ではなかった。
 明確な拒絶。怖くなる。自分がどれだけ剛を愛しているのかに気付かされる。この体の全てを捧げていた。全部、剛のものだった。
 着ていた服をやっと脱いで、ベッドに横たわる。あのダンサーの彼女は悪くなかった。ベッドまで連れて来て追い返してしまうなんて、彼女のプライドを傷付けただけだ。
 好きなんかじゃなかった。唯試したかっただけ。酷い男だと自嘲する。
 嘘でも何でも抱けば良かったのに。まだ明日も撮影はある。気まずい気持ちを抱えさせるだけで、何のメリットもない行為だった。
 鬱々と考え込んでいると、バッグに放り込んでいた携帯が着信を告げる。本体の揺れる低い音が響いていた。こんな深夜に、しかも絶妙のタイミングで掛けて来る人間は一人しかいない。
 彼の勘はいつも狡いと思った。嘘が吐けない。そう考えても手は自然に伸びていた。予想通りの表示に安堵と苛立ちが生まれる。
「……はい」 
「光一?今平気か?」
 知っている癖に、と言いそうになって慌てて唇を噛む。 
「ん」 
「今、何してたん?」 
「……何も」 
「何してた?」 
 
 一瞬の躊躇を見逃さない。確実に切り込まれる。全部見通されている感覚は、男として気持ちの良いものではなかった。
 苛々する。女を抱けない自分にも、俺を支配する剛にも。

「女、いるんか」
 剛は、自分の癖を知っている。そう、癖と呼んで支障がないなら確かめる行為は全て癖だった。
「おらん。もう、帰った」
 降参して、白状した。受話器の向こうで笑んだ気配。
「また、やったんか。こーちゃん」 
「分かってて掛けて来たんやろ」 
「まあな」
 三泊四日の強行スケジュール。疲れてはいても、光一のことだ。自分の目が届かないのを幸いに、きっと誘うだろうと思っていた。
 全部無駄な行為だと、剛は口角を僅かに引き上げて思う。何もかも意味も可能性も未来もなかった。
 そもそも俺たちの関係自体がそう言う物だと言う事を彼は忘れている。今更、何を望んで、この臆病な恋人は。
 けれど剛にとって幸いなのは、光一が引きずり込むのが女である事だ。抱けない自分を自覚するだけの自虐的な行為だが、それが剛以外の人間、つまり男に向かなくて良かったと思う。
 女なら追い出せるけど、男を連れ込んだら結末は目に見えていた。光一が無理だと判断しても、相手はそのまま抱こうとするだろうから。
 試すのは構わない。それは浮気ではなく、結局自分への本気を認識するだけだからだ。可愛過ぎて、どうしようもなかった。
「もう、ええ加減諦めたらどうや?」 
「嫌や」
 甘く優しく囁いた言葉は、不機嫌な声に遮られる。
 そんなに、この恋はお前にとって恐怖なんか。俺が世界の何よりも大切にしている物が、苦痛なのか。意味のない関係を、不毛な恋を、お前は捨てたいと思っているのか。
 否、そんな筈はない。要らない物ならとっくに捨てられている。この人はそう言う人だ。自分に必要な物を自分で判断出来る強い人だった。
 この恋を望んで、それでも尚怯える理由を知っていた、愛が深すぎる故に、途切れない情を自覚するが故に、光一は自分との距離を取りたがる。困った恋人だった。
「帰ったらどうせ俺に抱かれる癖に。俺にしか抱かれん癖に」 
「そうや。剛以外の誰にも抱かれる気なんかあらへん。でも、いつかまた抱けるようになるかもしれんやん」 
「光一」
 呼び掛けた声の温度に、恋人の募る唇が動きを止めたのが分かった。冷えた言葉。
 使い分けているの位分かるだろうに、理解と反射は違うらしい。剛の言葉に光一は呆気なく怯えた。インプリンティングの原理。剛は、それを狡猾に利用する。
「なあ、光一」 
「……な、んや」 
「お前は俺がどーゆー気持ちで電話してるか、考えたことあるか?」 
「どぉ、ゆう意味……」
「そのまんまや。俺が不愉快になるとか怒るとか、そー言うん考えた事ないんか?」
 黙り込んだ受話器の向こう。密やかな息遣いだけが雄弁に語り掛けて来た。普段の俺ならば、そんな言葉にならない思いも汲み取ってやるけれど、今日は違う。言葉にしなければ、理解等してやらない。
「お前を抱くんは、世界中でたった一人でええ。俺だけがお前を知っていればええんや」
「つよし……」
「お前が今までに抱いた人間も抱かれた人間も全部教えろ。そいつら全部殺したるわ」
「つよ」
「なあ、考えもせんかったの?俺は、お前やって決めてから、一度も他の人間を抱いた事ないで。抱こうともせえへん。光一だけを一生愛そうって決めたからや」
「俺、」
「なんや?お前は一度も考えた事ないやろ。俺はお前に触れた奴全部、この世から消してまいたい。例え其処に愛情がなくても、お前の肌を唇を心拍を、知ってる奴なんか俺一人で充分や」
「剛、ごめ……」
「お前はいっつも逃げるばっかや。一人だけ嵌まってないふりして、いつでも俺の隣からいなくなる準備して。そんなに嫌なら、何処へでも行ったらええんや」
「……剛」
 光一の声が濡れているのに気付いて、言葉を飲み込んだ。息を詰める。泣かない光一の震える声。
「光一が俺を好きな事位、知ってる。でも、もう嫌なんや。俺以外を見ないでくれ。俺の隣から飛び立とうやなんて思わないでくれ。お前は俺のもんや。俺も、お前のもんや」
「俺は、怖い。お前が俺のもんになるんは、怖い。死にそうになる」
 この身は全て、剛に預けたけれど。剛を、この最愛なる人を手中に収めるなんて出来ない。俺は、弱いから。
「怖くない。光一が離れて行く以上に怖い事なんかあらへん」
「俺は、何処にも行けんのや。お前んとこしかいられない。剛しかいらない」
 怖くても苦しくても、この愛が消えない限り。例え、自身の矜持すら失っても。
「それでええ。何処にも、行くな。此処にいろ」
 囁いた言葉に、愛の温もりはなかった。二人を繋ぐ情は、果たして何と呼ばれる物なのだろう。



DEEP~のPVメイキング妄想(笑)。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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