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ツアーの始まる前日にこんなにゆったりとした時間を持てたのはいつぶりだろう。いつも始まる直前まで調整をして、時間がないと必死な時ばかりだったのに。今回は、前日に会場入りして最終リハーサルも終わった。順調に進んでいると自分でも実感する。
ホテルに戻ってベッドの上で一人微睡んでいると、MAが全員揃って呼びに来た。秋山の部屋でゲームをすると言う。期待に輝いた町田の目を見たら、素直に頷いていた。
彼らといる時間は楽しい。どの瞬間よりも落ち着いた自分でいられた。それは、きっと彼らが優しいからだ。俺の呼吸がしやすい温度をちゃんと知っている。
結局何が始まるのかと思えば、用意されたのはトランプだった。にこやかに「大貧民出来ますか」と問われる。何となくなら分かると答えた自分に、思い出しながらやりましょうと笑った米花は、後輩ではなく優しい兄の雰囲気だった。甘やかされてるなあと思いながら、分かんなかったら聞くと小さな声で呟いてみる。それすらきちんと掬われて、上手く笑えなかった。大事にされる感覚はいつまでたっても慣れない。
盛り上がってポイント制なんて勝敗の付け方をしていたら、気付くと時間は深夜に差し掛かっていた。MAはまだまだ皆元気だ。遊び慣れていると言うか、体力があると言うか。否、自分も深夜や体力には自信があるから、気持ちの問題だろうと思う。
昔からこんな風に、大人数で盛り上がって朝まで遊ぶなんて事はしなかった。出来なかった、が正しい。いつも周囲の反応が怖くて、外の世界なんか見ようとも思わなかった。自分の世界はずっと、小さな場所にある。今は少し広がったのだろうか。彼らといる事で、自分は変われるのだろうか。
「光一君?」
「……え」
「眠くなっちゃいました?順番っすよ」
屋良の大きな瞳がじっと覗き込んでいた。彼は、何も考えていない様に見えて空気を読むのが上手い。多分間違いなく、ゲームに関しては何も考えていないけれど。
「あ、違う。ちょぉ飛んでた」
「すぐ一人の世界行っちゃうんだもんなあ。光一君次勝ったら、大富豪戻れますよ」
「よし!頑張るか」
手許にあるカードを慎重に選ぶ。ゲームは好きだった。この雰囲気も楽しい。けれど、いつまでも慣れずに疎外感を感じる自分がいた。この場に俺は相応しい?考えても仕方のない事だった。彼らはいつでも俺を迎え入れてくれる。でも、怖い。ずっと一人だったから。
カードを切ると、秋山が大袈裟にああだのううだの言っている。町田は冷静なポーカーフェイスを崩さなかった。カードを間違えただろうか。読めない表情を見詰めていると、視線に気付いて顔を上げる。
「そんなに見られると、俺緊張するんですけど」
「町田、こんなとこでまでそんな丁寧にネタしなくて良いから」
「ネタじゃないですよー。本気ですってば!」
「はいはい。ありがと」
「光一君、本気にしてないでしょ」
「してますよー。俺も町田大好きだもん」
「……光一君、言い過ぎです」
目の前に座る米花に注意される。町田に比べれば、別に大した事言ってないんだけどな。
その瞬間、ジーンズのポケットに入れている携帯が振動した。珍しく持ち歩いているのは、マネージャーが口うるさいからだ。何処にいるのか分からないと困ると言われて、きちんと持っている。急な振動に驚いて、カードを落としてしまった。隣にいる屋良が素早くそれを纏めて伏せてくれた。
長い振動は電話の着信だ。携帯を取り出して、背面に表示される名前を見た。マネージャーだと思っていたそれは、あっさり裏切られる。
「あ、……」
どうしようかと一瞬悩んだ。このまま出なくても良い電話。躊躇して、出る為に動こうとした身体を止めた。四人も動きを止めて、こちらを伺っている。迷って、出る事に決めた。こんな時間に掛けて来る事自体珍しいのだから。
「ごめん、ちょっと出て来る」
さすがに彼らがいる所で出るのは躊躇って、部屋の外に行こうと立ち上がった。それを遮る様に秋山が口を開く。優しい眼差しだった。
「剛君でしょ、此処で出て平気ですよ」
「でも」
「部屋の外出られる方が心配だから」
秋山の言葉に他の三人も頷く。もう一度謝って、輪の中から抜け出ると通話ボタンを押した。窓際にあるソファの隅に座る。彼らは聞かない振りでゲームを進めていた。
「……もしもし」
「ああ、出た。起きとった?」
「うん。今ゲームしてて」
「ああ、声聞こえるな」
「やろ?大貧民やってんねん」
「……皆、一緒?」
変わらない嫉妬。他の人間と二人でいるのをとても嫌う人だった。剛に言われなくても、剛以外の人で二人きりになるのなんてマネージャー位のものだ。
「うん。一緒。五人でやってんの」
「そぉか。ゲームやれてるって事は余裕なんやね」
「うん、今日も早く終われたし。剛は?」
「今日はスタジオでリハやったよ」
「もうすぐやもんな。順調?」
「ぉん」
気まぐれに掛かった深夜の電話に意味はないらしい。別に今更ソロの活動を心配する様な事もなかった。お互いの場所で生き抜く事は、既に暗黙の了解だ。それでもこうして電話をくれる事をちゃんと嬉しく思う事にしていた。
ベッドの上で続けられるゲームは一周して、自分の番になっているらしい。カードを持ったまま、明日の事を笑顔で話していた。彼らがいる限り、自分のソロ活動は怖くない。
「こんな時間まで起きてて平気なん?」
「どうやろなあ。もう眠いわ。さっきまで曲作ってたん」
「まだシングル切らんやろ?」
「ああ、仕事とかやなくて。帰りに思い付いて、作り始めたら没頭してもうた」
「そっか」
「……明日、」
「うん?」
「頑張りや」
「うん。ありがと。大丈夫や」
答えれば、受話器の向こうで苦く笑う気配。その吐息一つで伝わる事があった。剛と自分は、昔からずっと表情や仕草の僅かな動きでお互いを理解している。だから、言葉に振り回されて見失う事が少なかった。
大丈夫と言ったから?俺が一人で大丈夫だと、お前は嫌?気配は見えても、その心の奥を見通すのは容易ではない。剛はずっと分かり難くなってしまったから。
「……あかんなあ」
「つよ?」
問い掛けに反応したのは、町田だった。離れた場所から静かに視線を向けている。彼の真っ直ぐな愛情は暖かかった。MAは、俺の欲しい物を違えずに必ずくれる。けれど、それに視線は返さず受話器の向こうに意識を向けた。
「つーよ?」
「うん、俺あかんなあと思って」
「何が?」
「いっつも嬉しい気持ちと悔しい気持ちがあるんや」
「……どーゆー事?」
「お前はもう、俺が抱いてやらんでも一人で立てるんやなあと思って」
それこそ今更だと思った。今更、互いの活動を憂えるなんて滑稽だ。二人きりの場所から全然違うフィールドに飛び出したんは、お前やで。ちゃんと分かってるか?
思っても、そんな理屈だけじゃ治まらない感情があると知っている。一つ溜め息を零して、ちらりと視線を四人の方へ向けた。さり気なく逸らされた目は捕えない。聞こえる距離にいる四人。でも、今よりもっと際どい言動を彼らは知っている。此処で電話しても良いと言ったのは秋山だった。この言葉が彼らを裏切るものでなければ良い。
「なあ、剛」
「ああ、ごめんな。変な事言うて」
「ううん。変な事ちゃう」
「大丈夫や。お前が平気な事ちゃんと知ってる」
「つよ、違うんよ」
「違わんわ。いっつも間違った事言うのは俺や」
一人で起承転結を付けて傷付くのは、剛の悪い癖だ。こんなにも晒している癖に、こんなにも暴いた癖に、まだこの人は臆病な素振りを見せた。酷い男だと思う。
「剛」
名前を明瞭な発音で綴る。彼の耳に届く様に、願わくば彼らの耳から遠ざかる様に。
「俺は、今でもお前が必要やよ」
そう言葉にしてしまう事自体、自分の中で遠く突き放しているのが分かった。小さな頃の、生死を賭けた切迫した感情は、もう何処にもない。二人きりの世界にはもう、二度と戻れなかった。先に手を離したのは剛だ。
けれど、遠くに立ったからこそ必要だとも思う。依存から成り立つ愛情よりは、ずっと正常な関係だった。俺に後悔はない。唯幼い日の距離が近過ぎて、少し薄情な気分になるだけだった。
剛、俺はいつでもお前が必要やで。お前が一人で生きる事が出来たとしても、俺は永遠にお前が欲しい。
「うん、……ありがと。俺もずっとお前が好きや」
「ん、知ってる」
「そうやな。明日、頑張りや」
「うん」
「ほな、な」
「お休み」
柔らかな吐息でお休みと返されて、呆気無く通話は終わった。もう自分には嘘の言葉が見抜けない。遠くに立ってしまったから、それで良いと納得してしまったから、剛の全てを分かる事は不可能だった。どれだけ愛しいと思っても、二人はまるで違う世界にいる。
携帯を閉じて、乾いた唇から吐息を零した。諦めではない。唯、自身を納得させなければならないだけ。弱いのは、いつだって自分だ。小さな世界で一人、蹲りそうになった。
「……光一君」
「あきやま」
顔を上げると、すぐ間近にはっきりとした眉を顰めて笑う人がいる。腕を引かれて、為すがままに立たされた。秋山の口許には優しい笑みが保たれている。
「そんな風に溜め息吐かれたら、優しくしたくなっちゃうでしょ」
「……秋山」
「うん。俺らはちゃんと此処にいますから、そんな不安そうな顔しないで下さい」
「不安なんかじゃ」
「俺らは、光一君が呼んだら絶対に駆け付けます」
貴方を悲しませるのは、世界中でたった一人。運命を分けた彼だけで十分だった。俺達は、いつでも何処にいても貴方の声に応えるから。
「だから、一人で泣かないで下さい」
「俺、泣いた事ないで?」
「うん、一人の世界じゃ泣く事も笑う事も出来ないからね。俺達が一緒にいるから、笑って下さい」
「……ん」
分かった様な分からない様な面持ちで光一は頷く。かつてこんな風に優しくされた夜があっただろうか。一緒にいて、笑う事も泣く事も許されなかった時もあった。小さな場所で蹲れば胸の痛みは消えたから、誰にも見せられない醜い感情だと思っていたのに。
おまえ達は、こうやって俺を溶かして行くんやな。腕を引かれて輪の中に戻された。屋良がカードを差し出して、光一君待ちですよと屈託無く笑う。
明日は、ツアーの初日で。これからはずっと、こいつらが傍にいてくれる。その幸福に甘えても良いのだろうか。町田の視線が甘い。俺は、この場所にいても良いんだろうか。カードを見ようと俯けば、真正面から伸びた大きな手が頭を撫でて優しく髪をかき混ぜられる。
涙が出そうだった。どうして、こんな夜を迎えられるのか。いつでもホテルの部屋で一人だった。こんな風に甘えられる場所は知らない。
「光一君……」
躊躇いがちに声を掛けられて、本当に涙腺が緩んでいる事に気付いた。町田が手を伸ばそうとして、触れる事さえ出来ずに名前だけ綴られる。カッコ悪いな、と呟くと左手で目許を覆った。
「ごめん。何でもないんやけど」
「……大丈夫だから、此処なら怖くないよ」
「うん。ありがとう。俺、お前らがいて、良かったって」
秋山が、そうだねと頷いてくれる。俺らがいて良かったでしょ?ちゃんといるから、大丈夫。貴方の後ろで、貴方の事を支えるよ。
熱くなった目許を冷えた手で抑えると、ゆっくり顔を上げた。俺の悲しみの近くに、彼らはいてくれる。四人の顔を見渡して、なるべく優しく笑った。目尻に残った朱の色が、その表情に悲哀を濃くしてしまったけれど。
「明日、頑張ろ、な」
「当たり前ですよ」
「俺ら凄く楽しみにしてたんだから」
「光一君と一緒に出来るの嬉しいです」
「うん」
「……ほら、光一君がカード出さないと進まないんだから!俺このまんまだと大貧民で終わっちゃうし」
「秋山、それはお前が弱いせいやわ。続けても絶対そのポジションやでー。ええなあ、お前おいしくて」
「こんなネタ作りいりませんよ。俺は本気で勝ちに行きます」
秋山の明るい声に救われて、元通りの雰囲気が戻った。この場所は、剛と二人きりの世界とは遠く、とても優しい。出来る事ならずっと一緒にいたいと言ったら、飽きれられるだろうか。嫌がられるだろうか。こんなに幸せな夜を、俺はもう手放せなかった。
明日からの長く短い時間を、宿命の人とではなく、自分が選んで望んだ人と一緒に過ごす。彼らが優しく名前を呼んでくれたら、俺はきっといつでも笑える気がした。
初日おめでとう!
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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