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貴方に甘やかされて、生きて行きたい。
戻って来た、と思った。小さな紫の空間は既に自分の居場所だ。其処にあるオーディエンスの視線は、もう怖くなかった。
満ち足りた気分で初日を終える。水を得た魚の様だと自分で思った。
明日も早いからと言い訳をして、本番が終わるとなるべく急いで会場を後にする。あの場所は俺の闘う一人の空間。これから向かう先は、俺を甘やかしてくれる唯一の場所。
どちらも欲しいと言ったら、恋人は甘く笑った。それがええよ、剛は欲張りなんが良い。遠慮がちに差し出された掌には打算も欲もなくて、愛されている事が分かったから素直に従った。
醜い心も汚い気持ちも全部。その手の上に置き去りにして、望むままに動き出す。そんな自分はやっぱりどうしたって醜くて、でも彼はカッコ良いでと笑った。いつでも笑ってくれた。
きっと今頃自分の部屋でいつ行こうか、と悩んでいる筈だ。同じ敷地の中で生活しているのだからもっと気軽に来なさいよ。何度言っても聞かない可愛い人。
水槽の青い光を浴びながら愛犬を抱えて蹲っている姿が目に浮かんだ。マネージャーを急かして、車を走らせる。一刻も早く、あの甘い身体を抱き締めたかった。
明日の入り時間をしつこくマネージャーに確認され、相変わらず信用されてないとエレベーターの中でふてくされる。ひっそり事情を察しているらしい彼は、何も言わずに釘を刺した。歯止めが利かない自分の性格を良く把握されている。
もう、大丈夫なんやけどな。恋人と過ごす夜も必要だけど、あのステージも自分には生きる場所になってしまったから。手放さない。投げ出さない。
信用されないだけの実績があるから仕方ない、と一人ごちて部屋の扉を開けた。漏れる明かりが存在を教えてくれる。
「こーいち」
名前を呼ぶ。口の中で飴を転がす様に、声は甘くとろけた。すぐに人間と犬の足音。可愛いとこっそり笑う。先に姿を現したのは愛犬で、でも小さな塊を抱き上げるより先に甘い身体が飛び掛かって来た。
「お帰りー」
「……ただいま。なぁんやの、熱烈歓迎やなあ」
「つよしぃ」
「はいはい」
玄関先で思い切り抱き着かれて、バランスを崩した情けない身体はそのまま床に尻を着いた。どうにか薄い身体は抱き留めていたけれど、この甘え方はどうしたものか。
荷物を放り投げて、愛犬には手探りで頭を撫でてやって、とりあえず腕の中にいる人をしっかりと抱き締める。一週間ぶりだった。
「……お前、何でツアー始まってすぐやのに、こんなに痩せてんねん」
「痩せてませんー。メッチャ健康やで?」
抱き着いたままの光一は嬉しそうに、丸い指先で身体のあちこちに触れて来る。ぎゅっとしがみついたままだから表情は見えないけれど、きっと子供みたいな顔をしている筈だ。
膝の上に乗せた身体は、一週間前よりもずっと華奢で女の子よりも繊細な生き物に思える。とは言っても、その神経は繊細とは程遠い所にある人だった。だからこそ余計その差異に驚かされる。
「健康なんはええけどね。あんな、光一さん。玄関先でこの体勢は辛いんやけど」
「うん。ライヴどぉやった?」
「……貴方、人の話聞いてませんね」
「うん。楽しかった?」
「そりゃ楽しかったですよ。こーいちやって今楽しいやろ?」
「ん。生はええな。一番好きや」
満足そうに笑む光一は、やっと身体を離して目を合わせた。抱き着いていた腕は首に回されて至近距離に顔を寄せられる。
視覚で確かめれば痩せたのは一目瞭然だった。それでも楽しそうに綻ぶ目許とか、ピンクに色づいた唇だとかを見ていたら、お小言を言うのも憚られる。一週間ぶりの逢瀬なのだから、もう少し甘やかしても良いか。
諦めて、どっこらしょと声を掛けながら光一ごと立ち上がる。急に動いた身体に驚いたのだろう。ぎゅっと抱き着いて来た光一の髪が頬をくすぐった。柔らかな毛先からは自分のシャンプーの匂いが香る。寂しがりな恋人は、自分の不在を埋める為に嗅覚に頼る事が多かった。
細い足まで腰に絡めて、落ちない様に必死な彼は可愛い。ぐずぐずに甘やかしてしまいたい。これからの時期は多分二人とも一杯一杯で、相手の事を気遣っている余裕はなくなるだろう。けれど、優しくしたい自分がいる。
「何でこんなに甘えんぼさんなんでしょうね」
「……サービスや」
「お前、そんなかわええ事言うてどないすんの」
「どないすんの、って?」
きょとんとした声に苦笑を零す。一通りの事は全てしている癖に、彼はこうして何も知らない少年の様な声を出す事があった。意識しての事ではない。彼の性質なのだと気付くまでには時間が掛かってしまったけれど。
他意のない瞳を覗き込みたくなって、寝室まで行かずソファに背中から光一を降ろした。その上に覆い被さる様に重なる。
「……何。すんの?」
「ふふ、相変わらず情緒のない子ぉやね」
「いらんやろ、そんなん」
「そぉやな。情緒なくても、光一は他に一杯あるからええよ」
「何それ」
「言葉のまんまですよ。待っててくれてありがとな」
「……う、ん」
「ただいま」
「お帰り。お疲れ様」
答えて、柔らかなキスを与えられる。労る仕草。桃色の唇は、誘惑の色を孕まずに口付けを繰り返す。
「お前、可愛いなあ」
「可愛い言うな」
「うん、かわい」
柔らかな唇を塞いで、早急なキスを仕掛ければ素直に受け入れられる口内。肌の乾いた温度とは違う熱。欲しいと思って、けれど無理は出来ないと言う理性的な判断が先に立った。
「よし、おしまい。俺、眠いわ」
「そぉなん?」
「うん、疲れたわ。光一も疲れてるやろ?」
「俺は平気、やけど。剛が疲れてるんなら、俺帰るで」
「あー、帰らんでええから。一緒に寝たい」
「うん、ええよ。風呂入って来」
覆い被さっている身体を上手に抱き締めて、大人の声で優しく笑んだ。剛といると優しくなれる自分を知っていた。嬉しい心を受け止めたがる人だ。素直に感情を表現するのは苦手だけど、大人を装っても子供に戻っても、剛は喜ぶ。
「光ちゃんも一緒入らへん?」
「えー」
「お風呂でぎゅうってしたい」
「お前、それ。可愛子ぶっても可愛くないで」
「……でも、光一さんの目には可愛く映るんやろ?」
起き上がった身体をもう一度抱き締めれば、しゃあないなあと気のない声を返される。照れ屋な所はいつまでたっても治らなかった。それでも良い。こんなに可愛い子が可愛くいられたら、自分の理性はすぐに擦り切れてしまう。
「おねだり成立やね」
抱いた腕を解かずに、浴室へと誘った。顔を背けた光一の耳が淡く染まっていて、惹かれるままにそれを銜える。途端に暴れた身体を上手に納めて、時間を見計らって温められた浴室の扉を開けた。
光の下も貴方の腕の中も、全て手に入れたい。強欲な俺を、貴方は笑って抱き締めてくれるかな。
エンドり様、初日おめでとー!
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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