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大切過ぎて触れられない、と言う言葉は真実だと思う。
無茶苦茶に掻き抱いた夜も二人の間には存在するのに、今は唯大切にしたいとだけ願った。矛盾した感情は、それでもまだ『愛』に起因しているのだろう。
「おい、お前人んとこ来といて、よぉ寝れんなあ」
投げた言葉は独り言の響きを持って、楽屋の空気に紛れた。自分が歌い終えたのは、少し前の事だ。馴染んだ会場で慣れたメンバーと音楽をする。こんな我儘を許すのは、事務所でもファンでもなかった。此処で眠る、パートナーだけが、唯一自分を許してくれる。
お前がいなかったら、俺は。歩いていられなかった。此処まで辿り着けなかった。だから愛してる、なんて自己愛ばかりで情けないけれど。本当に愛していると思った。
決して強くはない人、それなのに凛と歩く怖い物知らずな貴方。愛おしい。大切にしたい。手放したくない。ずっと、此処にいて欲しい。
汗をかいた身体を簡単に拭って、熟睡している光一の傍に寄った。安らかに眠る横顔は、喧噪とも熱気とも相容れない。ほんの僅か前、自分がステージに立っていた事を忘れそうだ。
あの音の中、眠っていられるのなら大した物だ。元々、俺の声は子守唄になると言って憚らない人だけど。
突然彼が此処を訪れるのは、初めてではない。名前を変えライヴを始めてから何度も、思い付いた様にふらりと現れた。この人のスケジュールは何年経っても詰まっていて、だから気まぐれに訪れている訳じゃない事位分かる。何気なさを装わなくては相方の居場所に入り込めない臆病もちゃんと、理解していた。
ライヴ前の緊張を緩めるでもなく、仕事の話を持って来るでもなく、唯光一はこの場所で準備する自分を見詰める。その視線は可哀相な程真っ直ぐで、痛々しかった。お前は、生きる世界が広がったのにまだ、そんな目で俺を見れるの。
剛しかいらない、と告げた強い言葉。あれはいつの夜だろう。前向きな響きのない暗い告白。そんなものばかり欲しがった自分。光一の身体を引き裂いて食べてしまいたいと、本気で思っていた。そうすれば、こんな風に苦しまないで済む。別々の身体だから、全てを理解出来ないから苦しいのだと。身勝手で傲慢な自分は、多分今も変わらなかった。
けれど、目の前で眠る光一を見て、容易には手を伸ばせないと竦む大人になった自分がいる事も事実だ。ねむるとあどけない少女の色を持つ頬。いつまでも夢を見ていたくはないと思うのに、彼はまだ夢を見せてくれる。美しい存在なのだと信じられた。ずっと傍にいて、彼の男らしい部分も熟知している。女の様な柔らかさはない筈なのに。
まだ、惑う。簡単に折れそうな首のラインや手入れを嫌がっても尚赤い唇が。彼を弱い生き物に見せた。強い人だと分かっているのに、触れてはならない高潔な存在なのだと思ってしまう。
「こぉいち」
大人になっても手放さなかったのは、ギターと光一だけだ。複雑になりがちな胸中を鎮めてくれるのは、いつもこの存在。なあ、お前はどうして此処に来てくれるの。一人で音楽をやりたいなんて、我儘を言った自分をどうして。
答えは聞かなくても分かっていた。光一はきっと笑って言うだろう。そんなん許すも許さないもないやろ。剛のやりたい事、俺が反対する訳ないやん。聞き分けの良い子供の賢さ。そうして、花が綻ぶ様に告げるだろう。剛の歌、好きや、と。
お前に甘やかされて生きて行く事は、もう苦痛じゃなかった。そうする事でバランスを取っているのは俺だけじゃないと気付いたから。支える事で守る事で、光一もまた強い自分で生きていられる。その感情がいつか、依存ではなく愛だけで構築されたら良いと願った。
「愛してる」
そっと、乾いた唇に人差し指を滑らせる。キスにすら臆病な恋人が、こんな風に眠る自分の唇に触れている事を知っていた。可愛い人。いつまでも自分の感情に戸惑う幼いその心。ゆっくりと往復させて、それから自分の唇にその指を同じ仕草で滑らせた。間接的な接触。
あんな大音量を子守唄にしてしまう人を抱き締める術が見付からない。触れたいのに、壊してしまいそうで怖かった。今は、この存在を失うのが堪らなく怖い。別々に存在しているから、苦しいけれどそれ以上に救われていた。
愛するとは、そう言う事なのだと、大人になった自分は知っている。身勝手に自分の裡に取り込んで同じ物になるより、手を繋いで見詰め合える距離にいたかった。
「……ん」
繊細な黒い睫毛が揺れて、覚醒の気配。その瞳に映る自分が、強い男である様に。好きなギターを弾いて大切な貴方が手の届く距離にいる夜位はどうか、迷いのない自分でいさせて。
「つよし」
「うん、おはよ」
躊躇わず伸ばされた両腕の望むまま柔らかく抱き締めた。触れるのを怖がる卑怯な大人になった自分もいるけれど、お前が望むなら何度でも。その身体を抱き留めるよ。愛してる。
同じ場所で生きられない幸福を。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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