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2025/05/24

halfway tale 53





「おい!剛!良いから飲め!!」
 いつも通りの打ち上げの席で、小柳トムは声を張り上げた。
 元々大きな声で話すから、格別張り上げたつもりはないかも知れない。
 正面に座った堂本剛は、会話に参加しているように見せながら、背後を気にしていた。
 わざわざ視界に入らない席に座らせたトムの努力が水の泡だ。
「お前なあ、四六時中一緒にいる相方より、今は此処にいる人間を大事にしろ!」
「四六時中おる訳やないです」
 少し的外れな事を言いながら、拗ねた素振りでカルビを口に放り込んだ。
 不機嫌な恋人と言うよりは、心配で仕方のない父親の表情だ、とトムは思う。
 手放した相方は、自分達のテーブルを二つ挟んだ一番奥にいた。
 こっちが男だらけのテーブルなら、光一の座る四人席はお花が咲いている。
 勿論、トムの目からすればハーレム状態ではなく、光一まで含めてお花畑だった。
 可愛らしい、と目の前の不機嫌な男を通り越して思う。
 剛の努力とマネージャーの配慮とトムの策略で、光一は大体女性陣のいるテーブルに座る事が多かった。
 女性とのゴシップは御法度のアイドル業だが、それでも男性陣の中にいるよりは安心だと言う判断だ。
 こんな危険な所に花を咲かせるよりは、ずっと安心して見ていられると言うのが光一の周囲にいる人間の見解だった。
 奥のソファシートにユカリと深田恭子が座り、手前の椅子に光一と今回のゲストであるピン芸人の女性が座っている。
 こちらから光一の表情は見えなかった。
 今日散々収録中にネタとも本気とも取れる告白を受け続けて、一本目の収録だったにも関わらずこの打ち上げに参加しているのに、光一に危機感はない。
 興味がないと言えばそれまでだが、目の前に座る嫉妬の塊は、恋人の無関心ささえ気に触るようだった。
 おかしな二人だと思う。
 光一は驚く程の気遣いで仕事をするのに、プライベート特に自分の事になると心配になる位無頓着だった。
 対して剛は、マイペースに仕事をしているように見えて、常に気を張って周囲を見ている。
 相方については、過干渉だと思う程、良く見ていた。
 今日のこの打ち上げで不機嫌になるだろう事は予想がついたので、最初から配置を考えたのだ。
 あの二人が訳も分からず煽られているのを見るのは楽しいから、剛を離す事だけ念頭に置いて。
 目論見は成功している。
 向こうのテーブルはきゃあきゃあ楽しそうだった。
 迫られれば逃げるを繰り返す光一の後ろ姿を見ていると本当に可愛いと思う。
 計算がない分、女の子より危うい感じがした。
 あれで二十八のおっさんだと言うのだから犯罪だ。
 自分の子供はいつまでも可愛いものだが、そう言うのとはちょっと違った。
「ほら、お前。この間ギター買ったって言ってただろ。どんなんだよ。話せって」
 我ながら適当な話の振り方だと思う。
 どうして、こんなに分かりやすいかなあ。
 不可思議な格好をして、宗教じみた哲学を持っている癖に、この男が持つ愛情は至ってシンプルに出来ていた。
 その愛情が、光一を確実に可愛らしくしている。
 手塩に掛けられた花は枯れる事を知らないかのように咲き続けていた。
「……駄目やわ、俺」
「あ?何が」
「駄目です、やっぱ。行って来る」
 いきなり宣言して、剛は立ち上がる。
 いや、待て。俺はお前にギターの話を振っただけだぞ。此処で今すぐお前の音楽哲学を話せ。
 残念ながら、トムの胸中は言葉になる前にないものとなった。
 飲めと言っても飲まなかったビールのジョッキが空になっている。
「あー、やっちまったか……」
「トムさん、ばればれだから」
「剛を酒や音楽ごときで引き止められないっしょ」
 同じテーブルに座っていた共演者に軽く笑われた。
 畜生!笑われるのが俺は一番腹立つんだ!!
 せっかく可愛いテーブルの様子をもっと眺めていたかったのに。
 剛の向かった先は、真っ直ぐ一番奥の席だった。
 盛り上がっているテーブルの中で、最初に不穏な空気に気付いたのは深田だ。
 あの子は勘が良い。
 あ、と小さく呟いてやんわりユカリの方へ笑顔を向けた。
 先回りの上手い子だ。
 後ろを向いている光一はまだ気付かない。
 その真後ろに立った剛の背中からは、黒い空気が垂れ流しだった。
 嫉妬も独占欲も愛情の内だ。
 トムはアルコールを流し込みながら、事の顛末を見守る事に決めた。
「光一」
 離れた席からでも僅かに剛の声が聞こえる。
 その瞬間まで相方の存在等忘れていただろう光一は、呼ばれるままに見上げて笑ったようだった。
 アルコールの回った屈託のない笑顔は、何年見ていても見蕩れるものだったし、飽きる事のないものだった。
 あの笑顔を失わない光一は凄いと思う。
 後ろから覆い被さるように立つ剛と目線を合わせて、「どうしたん?」と聞く柔らかな声。
 隣に座る女性ゲストも前に座るレギュラー陣も全て、彼の視界から消えたようだった。
 離れていれば忘れられる癖に、視界に入った途端他の何も要らない顔をする。
 その表情だけで満足すれば、剛も大人になったと言えるのだが。
 ちょっとした悲鳴が上がったのは、その一瞬後。
 何の躊躇もなく見上げた光一の唇に自身のそれを重ね、僅かに上唇を舐めて離れて行く。
 二人にしてみれば軽い接触だが、周囲にしてみれば不意打ちの恐怖だった。
 動じていないのは、剛と深田だけだ。
 光一は、吃驚した目を見せて、それからいつものようにネタにしようと笑った。
「おっまえカメラ回ってへんでーなあ?」
 隣に座る人に笑顔で同意を求める。
 うーん、さすがに固まってるね。いくら何でも切り返す事は出来ないだろう。
 光一は気付いていない。
 その接触が、笑いを取れるものではなく間違いなく恋人同士のものだったと言う事に。
 剛は悪い男の顔で笑って、こっちのテーブルに来いと誘っていた。
「えー、動くのめんどいー」
「ええから、いらっしゃい」
 剛の不機嫌等気付く事もなく、光一はいつものように舌足らずに駄々を捏ねる。
 トムは、やっぱり二人とも可愛いと思って、光一が座れるように自分の隣にスペースを空けた。
 まだ驚いたままの女性ゲストの表情が可笑しくて、一人で笑う。
「何笑ってるんすか?」
 強引に恋人を連れ出した剛に、タチの悪い子供の表情を作ってどんな嫌がらせをしてやろうかと策略を巡らした。



この軽いノリと無意味さはいかがなものか……。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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