[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
- Newer : halfway tale 52
- Older : halfway tale 50
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
心地良い微睡み。抱き合った後の、清廉なまでの空気が光一は好きだった。
濃密に睦み合った筈なのに、いつでも優しい倦怠感だけが残る。剛の腕に抱かれて眠るこの一時が永遠に続いて欲しいと、何度願ったか分からなかった。
決して口には出せない思い。胸の裡に秘めているだけのそれは、何よりも真摯なものだと自分で思った。
「こぉいち」
「……なん、寝たんやなかったの?」
「ちょお寝てたわ。お前が、寂しそうな顔するから起きてもうた」
「なぁに余計な心配してんの。俺は平気やで」
剛は、敏感な嗅覚で確実に自分の揺らぎそうになる感情を嗅ぎ付ける。放っておいてくれて良いのに。これは、自分だけの感傷だ。
彼の腕に抱かれる幸福の裏側にいつでも潜んでいる悲しい気持ち。欲しいと思ったこの温もりをいつ失うのかと言う恐怖。
そんなの、剛は知らなくて良い。
「こーちゃん」
「なに?」
「愛してるよ」
「……うん。大丈夫」
噛み締める様に零れた言葉。真実味のない嘘ばかりの声だった。愛されていないと思っている訳ではない。唯、剛と光一の間には決して埋まる事のない溝がある。
「お前の大丈夫は信用してへん。……俺は光一だけをずっと愛するから、そんな顔したらあかんで」
「信用、してくれへんの」
「ぉん。って、俺が信用されてへんからあかんのやろね」
抱く手に力を込めて寂しそうに零された。違う、と否定したくて、でも出来ずに剛のまだしっとりと汗ばむ胸に額を押し付けた。愛しい男の匂い。永遠に愛すると誓うのは、自分だけで良い。
「剛」
「ん?」
「お前は、ええんよ」
「良いって、何が?」
「俺がお前だけを好きなのは当たり前の事やけど、剛は俺だけ好きじゃなくてもええの」
猫背の背中に腕を回して、しっかりと抱き着いた。密着する体温が愛しい。知り尽くして暴かれ尽くした互いの身体。一つにはなれないと知っている可哀相な二つの身体。
「剛は、沢山のものを見て、一杯愛したらええんよ。お前は、唯一のものなんか作ったら絶対あかんよ」
「浮気しろって事?」
「そう言う意味ちゃうって」
笑いを含んだ声に、剛の言葉が本気ではない事を知る。自分以外の、出来れば女性を愛して欲しいと言う願いは、今でも心の何処かに巣食っているけれど。
あやす様に撫でられる背中。いつでも、その手だけは呆れる程優しかった。俺が欲しいのは、お前の心じゃない。そんな大きなものは望んでいなかった。
「お前が唯一のものだけを見詰めるのは不幸や。俺はお前に幸せになって欲しいから、沢山のもの愛して欲しい。その隣にいられれば俺はええんよ」
まるで禅問答だと剛は思う。言葉の足りない光一が、稀にこうして雄弁になる事があった。形にならない内面を表現しようと言葉を募らせる姿は可愛い。この人だけが愛しかった。
愛する事、その行為自体が幸福なのだと言う事を光一は知らない。お前だけを愛しているんだと言う事を、どうすれば信じてくれるのか。
「じゃあ、光ちゃんは?」
「え」
「光ちゃんは、沢山愛さんの?」
「俺は……、たった一つでええんよ。唯一のもんしか欲しくないから」
何処まで行ってもロマンティストな人だった。現実を見ているのに、その瞳はいつでも理想を追い掛けている。
抱き締めた光一の旋毛にそっと唇を落とした。汗ばんだ髪はしっとりとした感触を伝える。微睡みの時間。此処には、愛情しか存在していない。
「光一の、唯一のもんって何なん?」
「……教えへん」
「教えて?」
確信犯の声で囁けば、予想通り「意地悪」と言う小さな声が返って来た。それにくすりと笑って、きつくその身体を掻き抱く。甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「ちゃんとお前の口から聞きたい」
「……おま、最低や」
「最低でも何でも、お前の大事な彼氏やで」
嬉しそうに囁かれて、降参する。こいつの厚顔には慣れたつもりだけれど、聞き慣れない『彼氏』と言う言葉につい恥ずかしくなった。勿論、そんな自分の反応も分かってわざと言っているのだろうが。
「……俺が、剛以外の何を大事にしてるっちゅーねん」
「そっか」
「そうや」
「なら、俺も光一だけを愛したってええんちゃうの?」
「あかん」
「強情やね」
「剛は俺ばっかになったらあかんの」
「光一は俺ばっかやのに?」
「俺は、やって、後、仕事位やし……。両手一杯にならへんもん」
子供なんだか男らしいのか分からない頑固さで言い募る。唇を尖らせているだろう拗ねた声音。
光一の中で自分が占めている割合が、多ければ多い程嬉しくなってしまう。本当は、彼にも色々な世界を知って欲しいけれど。掌に閉じ込めたかった。何処にも行かない様に、鍵の掛かる部屋でずっと。
とりとめのない妄想は、現実から離れれば離れただけ感情のリアリティーを生み出す。真剣にそう願っている自分に気付かされる。危険な欲求だった。
「俺やって、お前ん事愛したいのに」
「もう愛されてるから充分やで」
その言葉にわざとらしく溜め息を吐く。いつまでたっても彼の謙虚さは変わらなかった。仕事の面では驚く程の貪欲さを見せる癖に、自分からの愛情に関しては、今も何処かに負い目がある。傍にいられるだけで良いのだと、心から思っている人だった。
「光一さんは、いつになったら自分に優しくしてあげられるんでしょうね」
頑なな恋人の顔を見たくて、腕を解いた。視線を逸らそうとする細い顎を掴んで上を向かせる。細い髪の間から覗く水分を多く含んだ瞳。この人の強がりは、きっと一生直らない。
「前にも言うたかも知れんけど、俺はお前と一緒にいられたら充分なんよ。幸せなんかいらん。俺らは、ずっと一方通行やなあ」
「……お前を一人にしたくないんや」
「光一は、俺を置いて何処かに行く気か?」
「違う、けど。一緒いたいけど。でも、無理やろ、そんなん」
「一緒におったらええんちゃうの?俺は一生一緒におるつもりやけど」
先の不安まで見通してしまう悲しい心は、自分より余程繊細に出来ていると思った。俺は、もう他の事なんか考えんよ。今出来る事、それだけで生きて行きたい。
「一緒にいて、ええの?この先も?」
「そうや。誰に何言われても一緒にいる。お前が、この手離そうとしても絶対離さん」
言って、指先を掴んだ。乱暴な仕草に安心する光一の深層を知っている。ほっとした様に零れる吐息が、雄弁に心情を吐露した。
「だから、光一もあんま難しい事言わんといて。俺そんな博愛主義やないから、色んなものなんか愛せへんよ」
「剛なら、難しくないもん」
まだ強情を張る強い瞳に負けて、その瞼に口付けを落とす。羽毛の様な接触。お前を愛する事で俺は一杯一杯なんよ。
今も尚美しく変化して行く貴方を。いつまでも自分だけのものにする為に。
『唯一』を厭う彼の不安は分からなくもない。色々な世界を見て欲しいと願う切実な声。幸福に近い場所で生きて欲しいと祈る優しい微笑。死の瞬間まで一緒にいられないと怯える指先。唯一である自分に向けられた全てのものを、もう見失わずに受け止めてあげたかった。
お前を一人にしたくない。その視線の先には果てしない未来が広がっているのに、此処に留まり続けるお前の幸福を願えない自分が出来る唯一の事だった。
愛し続ける事。何もかもを奪い尽くす事。目隠しをして閉じ込めても彼は怒らないだろう。その従順に泣きそうになる。
もっと我儘に生きても良い人だった。それを許される人だった。
けれど、我儘が俺を愛する事だと笑うなら。傍にいたい。この身体を抱き締めてやりたい。
「光一」
「……ん?」
「いつか、俺、お前に愛してるって言いたい」
「いっつも言うてるやん」
「届いてへんやろ?いつか、お前がお前を許してやれるまで、ずっと言うから。いつかの時はちゃんと聞いてな」
「……ん、分かった」
素直に頷いて、睡魔に引き込まれ始めたらしい光一はそのまま瞼を閉じた。
広い空が広がっていても飛び立とうとしない美しい羽根を持った鳥は。悲しい声で鳴く事すらせず、俺が汲んだ水を小さな音を立てながら飲むだけだ。
その中に毒が含まれていてもきっと、青い空すら見上げず透明な滴を喉に運ぶだろう。愛する事が悲しい事だと知っている可哀相な鳥は、この掌の上でゆっくりと体温を失って行く。美しい羽根を羽ばたかせる事なく、永遠の休息に就くのだ。
腕の中の愛しい人を見詰めながら、それでも愛しているのだと囁いた。お前を生かす為にこの愛はあるのだと、知って欲しかった。
唯一の世界は、互いに遠い場所。
←back/top/next→
2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
COMMENT
COMMENT FORM
TRACKBACK