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可笑しい、と思ったのは舞台が始まって一週間程経ってからだった。
米花は一人、舞台装置の置かれた舞台裏で悩んでいる。眉を顰めて一点を見詰めている背中は不穏な気配さえ滲ませていて、誰も彼に声を掛けられなかった。
その瞳の先には、冬期限定のヘルスメーター。
座長の健康管理は、自分の責務だ。秋山がフォローするのと同じレベルで、既に当たり前となってしまった体重係。
たかが体重、されど体重。自身の事に無頓着な傾向のある先輩には、きちんと管理すべき人間が必要だと思う。甘やかすのでも好きにさせてやるのでもなく、必要な言葉を与える存在。
自分がその責任を全う出来ているかと言えば自信はないが、それでも痩せて行く座長を近くで見ているだけよりはずっと良い。甘えたがりで寂しがりの癖に人の手を厭う人だから、簡単には世話を焼く事が出来なかった。
だから自分は、なるべく彼すら気付かない様に手を伸ばす。何の自覚も罪悪感も必要なかった。唯、健康に千秋楽を迎えて欲しい。
だから、可笑しいのを見ない振りで通り過ぎる事は出来なかった。今年は厳密に体重を記録している訳ではない。どれ位になったら辛いか分かるから、と言う理由で断られた。
本当は、初日の段階でいつもより少ない体重を知られるのが嫌だったのだろう。数値として分からなくても、ずっと一緒にいた自分達には分かってしまう。81と言う公演数をこなせる体力ではなかった。
足りないものを精神力で補うのは、彼の悪い癖だ。座長と言う場所を代わる事は出来ないけれど、その背中に負ったものを一緒に背負う事は出来るのに。光一は、全てを一人で抱えてしまう。
他人に余計な不安を与えない事、それは子供の頃の猜疑心や疑心暗鬼から生まれた処世術だった。付け入る隙を与えなければ、ダメージは少ない。そうして大人になった不器用な人だった。
本当はもっと早くに指摘した方が良かったのかも知れない。先程楽屋に捌けて行った光一の顔色を思い出した。舞台の上で幾ら気丈に振る舞っていても、その印象は隠せない。しんどくて堪らないだろうに。
青白い顔色とは裏腹に増えている体重。更に華奢になった腰や足首。浮き出た鎖骨が痛々しかった。増えている筈がない。
「……はあ」
一つ溜め息を零した。心配位させて欲しいのに。自分達に負担を掛けないが為に、彼は嘘を吐いている。
いつも衣装を着たまま体重を量っているから、最初から衣装分の重さは引いてあった。それを計算するのは自分の役目だ。
「ワイヤー用の、かな……」
舞台袖で身体に付けている機具は外して、エレベーターに乗っている筈だ。僅かに増えている体重の原因は、衣装の中で何かを着けたままにしているせいだ。しかも、意図的に。
先刻量った時の、困った様な笑い方。あれは良く知っている。諦めと誤摩化し。悟られない事にほっとする大人と、悪い事をしていると縮こまる子供の心。
手間は掛けさせないで欲しい。……否、迷惑でも手間でも何でも掛けて欲しかった。俺は、貴方が思ってるより貴方の事をずっと考えているんですよ。
もう一度溜め息を零して、床に置かれたメーターを抱えると真っ直ぐ楽屋へ向かった。
+++++
「失礼しまーす!」
「ぅいー。……なん?米花かい」
おっさんみたいな声と、子供みたいな笑顔。一瞬惑わされそうになって、慌てて表情を引き締めた。修行が足りない。
「どしたん?入り」
「はい。あの、スタッフとかマネージャーは……」
「もぉいないで。終わってからどんだけ経ってんのよ。マネは一旦事務所戻るって」
がらんとした室内。其処に取り残されたみたいな華奢な身体が一つ。促されるままに光一の近くに腰を降ろした。私服のジャージは相変わらず健在で、帰る気があるのかないのか袖を通し掛けたままの中途半端な状態で座椅子に座っている。
覗く二の腕や首筋の白さは、本当に男性なのかと疑ってしまう程だった。寧ろ女性だったらどんなに良いと思った事か。自分の抱えているこの得体の知れない感情も、彼が女性なら簡単に名前を付けられる。どうにもならない事だった。
「光一君」
「んん?」
気の抜けた声。自分に馴染んでいる事が分かって嬉しくなる。こんな姿を晒してくれるまでになったのは、本当に最近の事だった。秋山の事を羨ましいと思いながらも、積極的なタイプでもなかったしどんな風に手を伸ばしたら良いのか少しも分からなかったのだ。
今は、とても近い場所にいる。臆さず触れる事が出来る。
「体重計、も一回乗ってもらえますか」
「……え」
あからさまに怯んだ声音。ヘルスメーターを差し出すと、困った瞳で見上げられる。これに負けてはならなかった。健康管理、と呟いてもう一度丁寧にお願いする。
「ジャージなら薄いし、ちょうど量りやすいですから」
「……米花」
「乗って下さい」
「……いや」
「光一君」
「や、やもん」
「光一君」
「……米花、意地悪や」
子供の仕草で唇を噛んで、差し出したメーターを押し返された。
「分かってて、言うてんのやろ」
「こんなやつれた顔して、体重増えたなんて誰が信じますか?」
「やって、減ってくんどうにもならなかってんもん」
「減ったなら減ったで構わないんですよ。ホントに分からない人だなあ」
メーターを脇に置いて、距離を縮める。こけた頬はメイクを落とした後では、痛々しい印象しか見せなかった。それでも美しいと思ってしまうのだから、彼は希有な存在だ。
ゆっくりと手を伸ばして、指先で輪郭を辿った。一瞬緊張した肌は、冷え切っている。噛み締めた唇を解くと、柔らかい吐息が零れた。
「心配、されるの嫌やったん」
「知ってます。だから、俺も今日まで騙された振りしてたでしょ?」
「ずっと知らん顔しとれば良かったのに」
「出来ません。大事な座長の健康管理ですから」
「……健康管理位、自分で出来る」
「出来てないでしょ。強がりだけは人一倍なんだよなあ。たまには、俺の言う事聞いて下さい。素直に心配させて下さい」
「嫌」
「……まあ、良いや。光一君が嫌がっても俺は勝手に世話焼きますから……よっと」
「え!うわっ!ちょっ……っ!!」
掛け声と共に、光一の身体を抱き上げた。秋山みたいに丁寧なお姫様抱っこじゃなくて、右の肩に担ぎ上げるだけの乱暴な動作。急な動きは彼の苦手分野だ。半分に折れた身体がじたばたともがいた。
軽過ぎる。一応男性だし、身体はきちんと鍛えられているプロなのだからと覚悟をして抱えたのに、そんな必要はなかった。本当にこんな華奢な身体で、あれだけの動きが良く出来るものだ。
「今日、何か約束ありますか?」
「……え、何」
「約束」
「え、……と」
「剛君が来るとか、剛君家に行くとか、剛君とご飯食べるとか、そう言うのあります?」
「……ない」
「良かった。じゃあ、行きますよ」
問答無用で、座長を抱えたまま楽屋を出る。それならば丁度良い。明日はソワレだけだし、他の仕事が入っていない事はリサーチ済みだ。
「米花、降ろして」
「駄目です」
「逃げんから」
「俺が運びたいだけなんで、放っておいて下さい。それとも、お姫様抱っこの方が良いですか?」
「そぉゆう訳ちゃうけど。……何処行くん?」
「此処です。……おーい!座長ご到着!!」
後ろを向いている光一には見えないだろう。単純に自分の楽屋に戻って来ただけだ。呼び掛ければ、予想通り町田が最初に現れた。
「光一君っ!?……って、おい!米花何やってんだよ!」
「何って、拉致?」
「いや、洒落になってないし」
手前から顔を出した秋山が、呆れた顔で告げる。町田が手を伸ばすのに知らん顔で、もう一度光一の身体を抱え直した。健康管理は俺の担当。
「光一君と焼き肉行こう」
「おまっ何言うて!」
「嘘吐いた罰です。奢って下さいね」
「奢るのは構へんけど、そうやなくて!何で今から……」
「光一君の増量計画です。食べて貰いますよ」
「公演終わった後に、食える訳ないやろ!」
「食ってもらわなきゃ困るんですよ」
「別に食わんでも平気や」
「……このままの格好で焼き肉屋まで運ばれたいですか?」
「米花さん、もう降ろしてやんなよ。光一君顔真っ赤だぜ」
一番最後に出て来た屋良が後ろに回り込んで、光一の上半身を起こしている。仕方なく、やっぱり少しだけ乱暴な仕草で抱えた身体を降ろした。町田が心配そうに背中を支える。
「まあ、確かに光ちゃんはもう少し食べた方が良いよね。俺らなら平気だけど、ホントに行く?」
優しい声音で問うのは、秋山だった。結局、どんなに足掻いてもこいつには敵わない。俺の役目は座長の健康維持なのだから、そんな事で胸が痛む必要はなかった。
けれど、悔しい気持ちがあるのも事実で光一に向き直ると乱れた髪を梳いてやる。伏せた目を覆う睫毛が、頬に影を落としていた。
「食べさせてあげますよ」
掌に納まってしまいそうな小さな頭。自分も大きい方ではないけれど、彼の身体の小ささにはいつも驚かされた。身長だけではなく、その全てのパーツが繊細に出来ている。
ゆっくりと瞳が上がった。黒目ばかりの、きらきらと反射する綺麗な黒。
「……食べさせてくれんの?」
「光一君の体重係ですよ、俺。当たり前です」
「当たり前なんや」
「はい!俺も俺も!食べさせたい!光一君にあーんしたい!」
「そう言う意味じゃねえって」
「そぉゆう意味ちゃうの?」
なるべく平静を装って町田に返した突っ込みを、光一が邪気なく切り返す。否、あんた28でしょ?最早何処に突っ込めば良いのか分からなくなって、後頭部を撫でていた手をその華奢な肩に置いた。
秋山が後ろで小さく笑っている。屋良が暢気に俺支度出来てるけど、と言っていた。町田に至っては、行く気満々で笑顔だ。
「……行きましょうか」
「うん」
中途半端なジャージの上着のファスナーを上げる。首元まできっちり締めて、その白い肌を隠した。
食べてしまいたい位可愛い、とはさすがに言えなかった。
50だから、少し区切りなものを、と考えていたのに全然違うものが……。
米光は相変わらずイチオシです(笑)。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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