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小さな二人に与えられたホテルのツインルームは、それでも自分達のポジションを考えれば贅沢な物だったと今では分かる。
あの時には見えなかった、大人の策略や子供の妬みの意味も、今では痛い程理解出来た。
それが大人になる事だと隣で笑う綺麗な人は躊躇なく信じているけれど、そうではないと思う。
道理を知るより割り切った顔で乗り切るよりもっと、大切な何か。
今ではもう彼の表面に表れなくなった何かを自分は欲していた。
光一が渡してくれない、無条件の信頼や愛情を、今更取り戻したいなんて、言える訳はなかった。
俺を気遣って見せない様に一生懸命努力して来た心情を思うと、手を伸ばして引き寄せる事は出来そうもない。
だから。
一人の夜は、昔の、まだ二人とも子供だった頃の記憶を手繰って優しい眠りに落ちた。
大人になった二人には見る事すら叶わない楽園を。
あの時確かに、僕達は知っていた。
+++++
決して広い間取りではないホテルの部屋でも、新幹線を使ってレッスンに通っている二人には心細いと感じる広さだった。
眠る事のない街に突如放り出された恐怖心は、簡単に消える事はない。
それでも、一人じゃなくて良かったと思うのはこんな時だった。
光ちゃんがいてくれて嬉しい。
臆病者だと自覚のある自分より尚怯えた瞳で自分を見上げる一つ年上の彼がいたから、自分は逃げ出さずにレッスンを続けられた。
俺がいなければ駄目なのだ、と言う自負はほとんど陶酔に近い。
「剛」
「んー?」
ソファでテレビを見ていた光一が振り返って、名前を呼ぶ。
変声期を越えて、少し低くなった声。
それでも甘い響き。
ベッドの上で宿題をやるでもなく広げていた自分を見詰める光一の目は、少し赤い。
眼鏡の奥の黒い瞳はとろんとしていて、どうやら眠いらしい。
レッスンで疲れているのだからすぐ寝れば良いのに、ぐずぐずと起きているのは悪い癖だった。
「どうしたん?」
「剛、もう寝る?」
「光ちゃんが寝るなら、僕も寝るで」
「そぉなん?」
ことりと首を傾げて、不思議な顔をする。
音量を抑えられたテレビは、カラフルな映像だけを見せていた。
彼は多分、ほとんど見ていないのだろう。
惰性の行為。
「ん。別にいつでも寝れるもん」
「俺、待っててくれてるん?」
「そぉゆう訳ちゃうよ」
不安そうに眉を顰めるから、安心出来る様に笑って見せる。
あながち外れている訳でもなくて、放っておくと無駄に夜更かしをする光一だから、眠る瞬間を見届けたいと言う気持ちはあった。
さすがに自分が本当に眠い時は付き合わないけれど。
学年では一つ年上でも、酷く不安定な所のある人だから面倒を見たくなる。
捨てられた子猫を拾って来た感じ。
自分では世話出来ないのに、それでも構ってやりたいとじっと見守る様な。
「じゃあ、俺もぉ寝る」
「うん、それがええよ」
「つよし、」
また最初と同じトーンで名前を呼ばれた。
何か言いたい事があるんだと悟って、ベッドの上に広げられた教科書を片付ける。
何か、言いにくい事。
「光ちゃんもテレビ消して、こっち来ぃ」
「ん」
素直に頷いた光一に「ええ子ええ子」と笑ったら、思い切り嫌な顔をされた。
臆病で人見知りな癖に、プライドだけはきちんと持ち合わせている人だ。
きっとこの柔らかい顔立ちのせいで周りの人間は甘やかしたがるだろうから、そう言うのを全て拒絶して来たのだろう。
甘え上手な自分とは全然違う。
でも、考え方も性格も容姿も違うけれど、光一の考える事は手に取る様に分かった。
きちんとリモコンまで元の位置に戻して、片付けたベッドの足許に近付いて止まる。
うろうろと彷徨わせた瞳に、大体の事を見通した。
「光ちゃん、どうしたん?」
「剛は、一人で、寝れる?」
思った通りの事を口に上らせた光一に、小さく苦笑を漏らす。
気付かれると不機嫌になるから、ばれない位の微かな動作。
今日はレッスンの時の風当たりがいつもよりきつかったから、精神的に参ったのかも知れない。
余り口を開いて要求する事が少ない事を、彼との日々の中で知っていた。
「一人で寝れるか」と言う問いは、要するに「一緒に寝たい」と言うおねだりだ。
中学生にもなって、と思う事もお互いあるけれど、これが一番安心出来る方法だと悟っていた。
特殊な環境で生活しているのだ。
常識的とか、普通の距離なんて模索していられない。
想像を絶する孤独の中で、お互いだけが安心出来る場所だった。
「……今日はしんどかったな。僕、一緒に寝たいわ」
甘える声を出せば、ぱっと嬉しそうな表情に変わる。
自分が甘える立場になる事。
それが光一に余計な感情の起伏を招かない最善の行為だった。
「剛のベッドでええ?」
「どっちでもええよ」
「うん」
自分が返事をする前にいそいそともう一つのベッドから枕だけを引っ張って来る。
可愛いなと反射的に思って、当たり前になりつつあるこの感情に自分で呆れた。
一つ年上の、それも同性相手に、何考えてんねん。
自分の思考が危ない場所に来ている事に気が付いていた。
けれど、余り躊躇はない。
光一なら、光一だから。
それだけで済む問題ではないのかも知れないけれど。
光一を守りたい。
純粋な感情に恋情が付随して来るのは仕方のない事だった。
この小さな身体を守る為なら、何でもする。
彼の居心地の良い場所であり続ける事。
不安な夜を一人で越えさせない事。
誓いはいつでも胸の中にある。
「俺らちっちゃくて良かったなあ」
ベッドに潜り込んで来た光一が小さく笑う。
「発育良い子供やったら、このベッド一緒入らんで」
「せやなあ。あんまおっきくならんかったら、ずっと一緒に寝れるなあ」
「いつまでも一緒はあかんやろ」
「そう?僕はいつでも光ちゃんと寝れたらええのにな、思うてるけど」
「ええの?それ」
「ええも悪いも、別に誰が決める事でもあらへんよ。一緒に寝たかったらずっと一緒でええやん」
冷たい足先が熱を求めて、自分の足に触れる。
ひやりとした感触すら愛しかった。
先に横になった自分の方を向いて、光一は優しく笑う。
「あったかい」
「せやろ?人間湯たんぽやで、僕。光ちゃんはいっつも冷たいなあ」
言いながら、足と同じ位冷えた指先を握った。
意識的な動作に光一は気付かない。
「つよがあっためてくれると、俺すぐあったかなる」
嬉しそうに笑う言葉に、身動き取れなかった。
何て事を言うんでしょうね。
付け上がるからやめて欲しいのに。
自分を嬉しがらせる天才かも知れん。
子供やのになあ。
顔を近付けても無防備な光一に少し悪戯したくなったが、それよりも安心した表情が愛しくて濃い睫毛を眺めるだけに留めた。
「修学旅行みたいやね」
「修学旅行?」
「うん。こやって、親いないとこで寝るのって林間とか修学旅行位やん?」
箱入り息子の光一は、恐らく友達の家に泊まった事もないのだろう。
修学旅行と呼ぶには少し親密過ぎる距離に、違和感を感じる事もない。
「俺、人いると緊張して寝れんから、きっと剛だけやなあ。一緒に眠れるの」
「そっか」
「手、繋いでてな」
囁いて瞼を伏せる。
包み込んだ指先をもっとしっかり合わせれば、安心した吐息が漏れた。
甘えたがりで恐がりな光一を、家族以外の誰が知っているのだろう。
確実に自分が今彼の一番近くにいるのだと自覚して、強い独占欲が生まれた。
誰にもこの場所を渡したくない。
「光ちゃん、お休み」
「おやすみ」
「眠るまで、ちゃんと見てたるから」
「ん……」
すうっと眠りに引き込まれる幼い顔。
繋いでいない方の手でゆっくりと髪を梳いた。
さらさらと零れる柔らかい感触。
大事な物を扱う繊細さで、ずっとその寝顔を見詰めていた。
+++++
失われたエデンは、今もひっそりと光一の心臓に息づいている。
あの幼い少年は、ずっと冷えた指先を持て余している筈だった。
あの場所を誰にも渡さないと願った自分と同じ位強く、誰にも触れさせなかった丸い指。
今でも光一が待ち望んでいるのはたった一人で、その無条件の愛情に逃げ出したのは自分だった。
もう、同じ所に留まってはいられない。
立ち上がって、迎えに行かなければ。
渡してくれないのなら、奪えば良い。
俺が欲しい何か、は必ず彼の中に在る。
一人の夜に昔の幻を見る位なら。
昔よりずっと臆病になった足を叱咤して、今でも尚温かい手の温度を分け与える為に。
優しい夜を求めて、俺は走り出す。
どんなに遠回りをしても、欲しい物一つだけ。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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