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2025/05/25

halfway tale 38





 会いたい。
 そう思う気持ちを抑える事に、随分と慣れてしまった。
 だから、会わないまま日々を過ごす事にも苦痛を感じなくなった筈なのに。
 同じ様に、剛は言わない俺の気持ちを汲み取る事に慣れてしまったのだ。
 今日も言葉には出さなかったし、メールも電話もしていない。
 それなのに。
 さり気なさを装って現れた恋人の姿を認めて零した吐息は、安堵のそれだった。

 都心に住むのは本当は嫌だった。
 何故こんな所に住もうと決意したのか自分でも不思議な位だが、単純明快な理由が一つ。
 光一の家に近かったからだ。
 先日打ち合わせで一緒になった時に、彼は薄手のシャツ一枚でやって来た。
 11月の半ばともなれば、いい加減コートは必需品である。
 剛は勿論、冬のコーディネイトを楽しんでいた。
 幾ら室内の往復しかしない生活だと言っても、これではあんまりだ。
 さり気なく注意した所、返って来たのは剛の胸を痛めるのに充分な言葉だった。
「え?今、何月?」
 もうすぐ自分達のCDが発売される事は分かっているし、コンサートまでのスケジュールも把握していた。
 それが日にちの概念なく構築されているのだと思うと、泣きたくなる。
 彼だけが悪い訳じゃなかった。
 こうやって育ててしまったのは環境だったり剛だったりするから、何も言えない。
 唯黙って着せた自分の上着に少しだけ曇った瞳を見せた。
 自然に追い付けない事、日常を忘れてしまう事。
 彼自身が望んだ姿ではない。
 そんな事があったのは、先週の始めの事。
 仕事ですら会えない日々も日常で、気に留める事もなかったのに。
 今朝、起きたら何となく。
 彼が呼んでいる様な気がした。
 勘と呼ぶには心許ない感覚は、けれど一度も外した事がない。
 仕事を終えて、真っ直ぐ彼のマンションに向かった。
 インタフォン越しに聞こえた声の柔さに確信を深めて、剛は光一をデートへと誘ったのだ。
 自宅から歩いて来られるこのデートスポットは、最近のお気に入りだった。
 青い光を基調とした町並みが冷たくも優しい。
 適度に突き放されるこの街の温度を、剛は苦手と思わなくなっていた。
 本当は気付いていないだけだったのだと思う。
 自分の故郷も異国の地とさえ思っていたこの場所も、同じだと言う事に。
 何処にいても自分が変わる訳じゃない。
 何処にいても、彼は此処にいる。
「きれーやなあ」
「せやろ。光一、来た事あったか?」
「お前がそれ聞くんかー」
「いやいや、光一さんもてるからね。俺やなくても誰かと来てるかも知れんやん」
「……仕事以外で、こんなとこ来るかい」
「ぉん、そーやね」
 知ってたわ、と笑う息が白かった。
 青いイルミネーションの中を二人歩いているなんて、どう考えても酔狂過ぎる。
 光一には、完璧な厚着と変装をさせた。
 目深に被った帽子から覗く毛先と唇が可愛らしい。
 もうすぐ27になる男に、こう言う事思うんが間違ってるんかな。
 でも、自分の中にある数少ない穏やかな感情だったから、否定する事はもうやめた。
 自分は普段とは逆に黒で統一している。
 シンプルな装いは、普段の印象が強い分ばれる危険が低かった。
 冬の遊歩道を二人寄り添って歩く。
 そんな当たり前の日常を、光一が怖がらなくなっただけでも嬉しかった。
 人と擦れ違う時に俯いて近付く横顔が愛おしい。
「光ちゃん、寒ない?」
「……うん。剛は?」
「平気やで」
 嫌がる光一の指先に嵌めた手袋は、剛がして来た物で。
 ほんの少し手が凍えていたけれど、構わなかった。
 彼が温かい方が良い。
「もうこれ、クリスマス用?」
「多分。年中此処はクリスマスっぽいけどなあ」
 痩せた枝に巻かれた電飾が寒々しくて、光一は好きじゃなかった。
 舞台の上の人工の美しさには心惹かれる癖に、こう言うのを嫌うのは矛盾しているのかも知れないけれど。
 自然のままで美しい物を飾り立てるのがあかんのやろな。
 それでも、剛と歩くと綺麗に見えるのだから不思議だ。
 彼といると、世界が少し優しく映る。
 少し前を歩く剛の指先が白くなっていた。
 凍えさせたのは自分だから、申し訳なくなってそっとその手を握った。
 毛糸越しの感触。
 少し遠い感覚でも分かる彼の指先の形。
 全てを明確に記憶している錯覚に陥って、恥ずかしくなった。
「光一?」
「な、なに……?」
「ええの?」
 強く手を握り返されて、返した声は少し震えている。
 唯寒いのが可哀相だと思って伸ばした手が、意味を持ってしまいそうだった。
 こんな人のいる所で不用意にして良い行為ではなかったのに。
「……ごめんな。今ちょっと嬉しくなってもうただけやねん」
「つよ」
「光ちゃん困らせたい訳やなかった。ごめん」
 剛は、優しく笑う術を身に付けてしまったから。
 本当は今、何を思っているのか読み取る事が出来ない。
「剛」
 焦れて名前を呼ぶ。
 違う。違う。
 伸ばした指に意味なんてなかった。
 もっとずっと前から、意識なんてない内から手を繋ぐ前から欲していたよ。
 剛の手袋は温かくて、でもお前の指が凍えていたら俺も寒い。
 望んでいない訳じゃない。
 でも、剛を嬉しがらせたかった訳でもない。
 こんな思いを、どうやって言えば良い。
「剛、俺……」
 また困らせてしまった、と剛は自嘲する。
 無自覚でも良いと教えたのは自分だった。
 お前は欲求を隠す子だから、俺が見付けてやる。
 そう言ったのは、俺なのに。
 自覚させるまで、放ってしまった。
「光一、手袋返して」
「……?」
「片方でええから」
「う、ん」
 素直に外し始めた光一の指先は、白い。
 青の照明がその白に反射して幻想的な色を見せた。
 剛だけが知っているイルミネーションだと、馬鹿みたいな事を思う。
 白いその手を取って、裏通りに入った。
 小さな青い町並みを外れれば、其処はいつも通りの冬の景色。
 人気のない、夜の道だった。
 黙ったまま手を引かれる事に不安を覚えたのか、光一がゆっくり立ち止まる。
「剛?」
「……うん」
「どしたん?俺、何かしてもうた?」
 怒られると予感して、小さな声で問われた。
「ちゃうよ」
「じゃあ、何で」
「あんな明るいとこじゃ、イチャイチャ出来ひんやん」
 振り返って、笑ってみせた。
 その笑顔にもう騙されてはくれない事を知っていたけれど。
 同じ様に素知らぬ振りで笑ってくれる恋人は、やっぱり優しい。
「イチャイチャ、したかったん?」
「そ」
 言って、握ったままの手を恭しく持ち上げる。
 お互いの視線まで上げたその白い指先にある桜貝の爪に優しく口付けた。
 触れるだけの、粉雪の様な接触。
「……お前、カッコ付け過ぎ」
「好きやろ?こーゆー俺」
「そーゆー訳分からん自信が嫌いや」
 頬を淡く染めて、光一が反論する。
 青い明かりの消えた路地は、人の気配がなかった。
 取り残された気分になって、白い溜息を零す。
 触れられた爪先が、そこだけ熱を持っている様に感じた。
 錯覚だと分かっているのに、不意に泣きたい気分を思い出す。
「剛」
「ん?」
 吐息だけで構成された音は、夜の冷気に氷解した。
 もう一度、口付ける。
 その指先が震えるのを唇で感じた。
「……あかん」
「何が?」
 優しく問う。
 戸惑った光一の声。
 顔を見たくて、深く被せた帽子を取った。
 現れた彼の表情は、寒さで凍えている。
 このまま外にいたら体調を崩すかも知れないと、今頃になって思い至った。
「あかんわ、俺」
「ん?」
「勘違い、しそうになる……」
 唇を噛んで恐れる子供の表情。
 真っ直ぐ見詰める黒目ばかりの瞳の憂い。
 惹かれるまま、乾いた唇を潤す様に口付けた。
 素直に答える彼の指先が緩く剛に縋る。
「どうしたん、光ちゃん」
「俺、お前にそんな風にされたら……」
「そんな、って?」
 指先を握り締める仕草で、爪の先の口付けの事だと理解する。
 悪戯心を起こしてもう一度握り込まれた手に音を立ててキスすると、くしゃりとその美しい顔を歪めた。
「やから、あかんって」
「何があかんの?言わな分からんよ」
「こんな時ばっか、そんなん狡い……」
 本当は分かっているのに、分かって欲しくない所まで暴く癖に。
 言いたくない時ばかり口に出させようとする。
 悪趣味だ。
 取られたままの指先が温かい。
 寒くて凍えそうなのに、触れられた部分だけ発熱した様に温度を持っていた。
 冷えた身体に一点の熱。
 間違えてしまいそうだ。
「別に怖い事ないから、ちゃんと言うてみ」
「……嫌わん?」
「当たり前やん」
 相変わらず子供みたいな事を言う子だと苦笑する。
「……俺、お前しかいらん様になりそうや」
 呟いた言葉は、白い息と共に夜の路地に流れて行った。
 その意味を、自分は今どれ位分かっているだろうか。
「こんな風に、お前しかあったかいもんないと、分からんくなる」
 噛み締めた唇は色を失っていた。
 冷え切っている彼の体温を保っているもの。
「剛しか、欲しいもんがないみたいや」
 静かに囁く言葉に温度はない。
 氷点下の告白。
 繋いだ指先に灯る熱。
 冷え切った身体にある、唯一の。
 冬の温度が生み出す錯覚は、光一を混乱させた。
 青い光、久しぶりに感じる外気、不用意に繋いだ指先、連れ込んだ路地の暗さ。
 彼の錯覚は、自分の責任だ。
 お互いしか必要じゃないなんて、そんな幻想。
 とっくの昔に捨て去ったのに。
「ごめんな。謝るのは俺や。まだ、お前ばっか必要としてまう……」
 ゆっくりと繋いだ手を離そうとして、逆に包み込まれる。
「ええよ。ちゃんと俺ら分かってるやん。大事な物が一つやないって。それでも、たまに勘違いするんやったらええやんか」
 もう一度、唇にキスを。
「俺は嬉しい」
 飽き足らず、暗い道の影で触れるだけのキスを繰り返す。
 頬に、瞼に、耳に、眉間に、鼻先に。
 そうして、温もりを灯して行く。
 世界中に温かい物が俺しかなくなって構わんよ。
 本当は、今も俺だけでお前を一杯にしてしまいたいと思う自分がいるよ。
 光一しか欲しくない。
 ずっとずっと、心の中で思っている傲慢な俺がいる。
 会いたいと思って言えないその孤高の精神も、無自覚にしか甘えられない幼さも、不安げに見詰める瞳の困惑も、全て。
 俺だけの物にしてしまいたいよ。
「そろそろ、帰ろか」
「ん」
 片方ずつ手袋を嵌めて、外気に晒された手はしっかりと繋いで。
 今夜だけは、この悲しい錯覚が介在して欲しいとひっそり願った。



halfwayにしては、ちょっと長過ぎたか(^^;
ヒルズ妄想です。



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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