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年末のコンサート用のリハーサル室には、連日入れ替わり立ち替わりスタッフが出入りしていた。
メインである二人も時間の許す限り、この部屋で細かい調整を行っている。
この時期、暇な事時間のない光一は、張り詰めた表情でスタッフと話し合っていた。
「こーいち」
緊張感のない声は、すぐ近くで聞こえる。
耳の真後ろ。
集中していた神経が、一瞬にして霧散した。
ぞくりとする感触はもはや条件反射だ。
「仕事中」
「つれへんねえ」
「阿呆か。お前につれられてる暇はないねん」
視線を机上に留めたのは、正しい判断だったと思う。
目を、見ては駄目だ。
「やってー、ダンスもう飽きたんやもんー」
「俺はまだやから、俺のも覚えて。後で教えて」
「……お前、どんだけ王子やねん」
呆れた声が優しくて、ちらりと視線を上げてしまった。
たまに剛は木漏れ日みたいな暖かい温度で言葉を発する。
とうになくしてしまった筈のその温度を懐かしく思う自分は、虚しいだけなのに。
今ある、二人の間に存在する空気だけを大切に抱き締めるべきだ。
「光ちゃんー。休憩ー」
「馬鹿、そんなん却下。時間ないの知ってるやろ」
「いつもよりは時間取ってるやん」
「いつもが少な過ぎるんや。ほら、も少し頑張れって」
促された剛は、渋々とまたダンスレッスンに戻って行く。
本気で自分のパートを覚えてくれる様で、真剣に先刻とは対称の振り付けを踊り始めた。
その背中を10秒だけ見詰めてから、また話し合いへと意識を戻す。
一緒に過ごせる冬は、しんどくても楽しかった。
剛が此処にいると、嬉しい。
昼食の時間をとうに過ぎた午後三時。
スタッフの一人が、休憩にしましょうと仕出し弁当を持って来た。
最近は、弁当も温かくて少しだけ健康的な気分になる。
そんなのは気のせいだ、もっと身体に気を遣え、と彼には怒られてしまうけれど。
ずっと踊り続けていた剛は、タオルで汗を拭いながら真っ直ぐ自分の元へやって来る。
その動きを把握していたから、弁当は二人分置いてもらった。
目が合った瞬間、優しく笑う。
痛みを抱えていないその顔は穏やかだった。
いつの間に、そんな表情を取り戻していたのだろう。
「お前なー、汗かいてんのに帽子被んのやめぇや」
「ええやん、ファッションやん」
「こんなとこでファッションも何もないやろ」
ついつい会話が悪態をつく様な状態になってしまうのは、もう仕方なかった。
周囲の人間も今更そんな事に気を止める事はない。
毛先まで濡れているのに、適当に拭いただけの頭に帽子を乗せる神経が信じられなかった。
「お前、禿げるで」
「いやいや、少なくとも光一さんよりは後ですわ」
テーブルに対して横向きで座っていた俺の(それは剛を迎える為だった)真正面、テーブルの配置からすれば隣の椅子に腰掛ける。
タンクトップを着た上半身は、熱気を放っていた。
こーゆー姿が男らしいんよな。
心の中だけで思って、そっと見詰める。
まあ結局は、唯彼の事が好きなだけかも知れない。
痘痕もえくぼ、蓼食う虫も好きずき、と行った所か。
弁当を渡して、一緒に食べ始める。
「好きな人の顔見ながら食べるんは、美味しいね」
「……阿呆」
俺達の悪態を見咎めないのと同様に、こんな会話すら無視して流してくれる。
それが果たして良い状態なのかどうかは別にして、周囲の慣れと甘やかしを感じた。
容認してくれるのは、多分きっと優しい感情があるからだった。
幸福な環境で仕事をさせてもらっている自覚はある。
剛の顔を見上げて、笑ってみた。
「なぁに、可愛い顔してんの」
「幸せやなあって」
「ん?」
「剛いて、皆いて、俺が此処にいんのが」
「……そうか」
良かったなと笑む顔が甘く蕩けそうだ。
当たり前みたいに、弁当の中身を交換しながら食べるその口の動きすら記憶する程見慣れた人なのに。
どうしてこんなに愛しいのだろう。
一口食べては俺が食べられる物か確認して、好きな味の物は直接口まで運ばれた。
「なん、これ?」
「なんやろ?魚?光一好きやで。はい」
「あー」
素直に食べさせてもらいながら、真っ直ぐ彼を見遣る。
其処に消えてしまいそうな色はなかった。
しっかりと生きようとする意思が溢れている。
大丈夫、と訳もなく思った。
自分は随分と、不安になる事に慣らされてしまっていたから。
たまにこうして確かめる。
「俺も幸せやよ」
「うん」
「でも、ちょっとあかんな」
「……何が?」
「可愛過ぎ」
粗方弁当を食べ終わった所で、箸ごと弁当を取り上げられた。
そろそろ持て余していた頃だったから別に構わないけれど、何がいけないのだろう。
剛も弁当を置いて、それから慈しむ目で見下ろされる。
立っていれば平気なのだけれど、座っていると何故か彼を見上げてしまう。
「光ちゃんが幸せなんは、嬉しいのよ」
「うん」
「やけどなあ……」
「?」
「俺が、独占欲強いの知ってるやろ」
独占欲の強さも、羞恥心のなさも知っている。
少なくとも、これだけの人間がいる中で言う台詞ではないと思った。
別に、今更どうって事ないけれど。
他人に何を思われても、貫く意志は随分昔に固めてしまった。
ふう、と溜息を一つ零して、徐に剛は自分の帽子を外す。
そのまま立ち上がって、至近距離に立たれた。
自分達の距離は、多分いつも近い。
二人で生きて行く事を決めた故の距離だと思っている。
どんな時でも手を伸ばせば届く様に、俺達は近くにいた。
見下ろす剛の瞳は、曖昧に曇っている。
優しくしたいのか、乱暴に抱き寄せたいのかを決め倦ねている様な。
お前がしてくれるのなら、どっちでも良いなんて。
言ったら調子に乗るだろうか。
もう一歩踏み込んで、結局乱暴な仕草で左手に持った帽子を深く被された。
大概彼の行動は意味が分からないけれど、今も全く持って分からない。
意味不明だ。
「剛?」
視界を遮られて、帽子を外そうと両手で剛の手を探す。
あっさり捕まえた彼の手は、けれど動いてくれる気はないらしい。
柔らかな素材の帽子は、鼻の辺りまでを隠して俺の動きを封じた。
どうして、今の会話の流れでこうなるのやら。
「剛、これ何」
「んー。何って言われてもなあ」
「つよし」
「あんなあ、たまになあ」
甘えた口調は要注意。
長年の経験から言えば、うっかり絆されてはいけないと言う事だ。
「お前ん事誰にも見せたくなくなるねん」
「……お前はまた、そーゆー無茶な事平気で言うなあ」
人に見られる仕事をしているのに、そんなのどうにもならないではないか。
何度言っても、この理不尽な独占欲は治らない。
こんな帽子で隠しても、仕様がないのに。
周りは見ない振りをしてくれるけれど、さすがにこれは自分が見ない振りを出来ない。
「見られるん、仕事やろ?」
「分かっとる。でも、今の光ちゃん可愛かったから、今誰にも見せたくなくなったの」
「……俺は可愛くないって」
「可愛いで。大丈夫、ホントはちゃんと分かってんねん、無理な事。でも、今やりたくなってん」
もうそんなに子供ではないと暗に言って、大人びた声を響かせた。
どうにもならん感情が恋やないの?
いつか言われた言葉が、耳の内側で蘇る。
「光ちゃんが、俺に全部ちゃんとくれてんの分かってるよ。仕事のお前は、誰のもんでもないけど、それ以外は全部俺のや」
「……うん」
不本意だけれど、俺はきっと間違いなく剛の物だった。
この身体を心をほとんど預けてしまった。
それでも良いと思えた、最初で最後の人。
ゆっくりと帽子を外して、その代わり立ったままの剛に緩く抱き締められた。
「俺、子供やねん。光ちゃんが良い顔してると閉じ込めたくなる」
「しょぉのない子やね」
「そうや。いつまでたっても大人になんかなれん」
「ええよ。剛はそのまんまで」
不意に可愛がりたい気持ちが込み上げて来て、剛の腰に腕を回して引き寄せた。
変わらなくて良い。
そのまま、傍若無人に愛して欲しい。
「……光一さん」
「えっ?」
完璧に周囲を遮断していたせいか、他人の声が酷く鮮明に耳に届く。
抱き締めた腕を解いて、けれど剛は離してくれなくて、納まった状態のまま声の方向を振り返った。
「なん?」
「否、剛さんはいつもの事としても……」
「んー?」
「そこで光一さんに止めてもらわないと、俺達どうしたら良いかわかんないんすけど」
メインの二人が、二人の世界でまったりされたら周囲は敵わない。
幾ら慣れた状態とは言え、再開の声を掛けられないのは辛かった。
「あーすまんすまん。ちょぉ忘れてた」
悪びれない声で光一は笑った。
その笑顔は犯罪な位可愛くて、それ以上の反論の言葉を許さない。
絶対にこの人が最強だと思った事は、胸の中だけに留めておいた。
「ほら、剛。始めんで。俺んパート教えて」
猛獣使いの様な鮮やかさで剛を懐柔すると、何事もなかったかの様にその腕から抜け出す。
情けない顔をする恋人の肩に軽く額を乗せて甘える仕草。
それだけで機嫌が直るなら安い物だ。
幸福な場所で生きている。
愛しい人と手を繋いで、いつまでも。
笑っていられたら良いのにと、柄にもなく夢を見た。
また無駄に長い(^^;
どんなに忙しくても甘い生活を送れていると良いなあなんて。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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