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今此処でこうして出会っている人が、もう二度と会えない人の様な気がする。
巡り会った運命は一時で、この交錯の瞬間を離れたら出会う術はないのだ。
そんな感慨を自分は良く感じた。
もしかすると生来の情の浅さのせいかも知れないし、幼い頃からこの世界で働いていたが故の処世術かも知れない。
どちらにしろ、自分は人間関係には無防備になれないらしい。
舞台の間は、舞台だけに集中出来た。
他の何もーーそれは睡眠だったり食事だったり、生活の全てを含めてだったがーーいらないと思う。
この時間があれば、彼の事も忘れていられた。
仕事以外で俺の身体を満たす唯一の物。
剛だけは、いついかなる時も離れて行かなかった。
もう俺達の関係は、恋と括って良い物なのかすら分からない所まで来たけれど。
どんな形であれ、彼が自分の運命の傍で生きているのなら良かった。
稽古中、またあの感慨が頭を占め始める。
もう二度と会えない人。
一晩宿を共にしても、其処を旅立てば生きている間には会う事がない。
だからこそ人と人との出会いは大事に噛み締めなければならないのだ。
「一期一会」の意味を思い出して、柄でもねぇなと一人ごちる。
男性のダンサーと話しながら、この人とも今度はいつ会えるのか分からないと思った。
狭い世界で生きているのに、この劇場を離れたら会う事もない。
辛いとも悲しいとも思わないけれど、最近良く考えてしまうのは年を重ねたせいだろうか。
人との出会いが、大切なものだと気付き始めた。
今まで通り過ぎて来た人達の大切さを思ったからかも知れない。
此処で一緒に踊っている人も番組で共演した人も同じ事務所の後輩でさえ。
擦れ違った運命は巻き戻る事もなく過ぎて行く。
今思っても会う事なんて出来なかった。
分かっていたのに、一人で生きたいと願ったのは自分だ。
仕方のない事だった。
俺の掌に抱えられるのはほんの少しだけで、後は全て指の隙間から零れ落ちる。
離れて行く運命を引き留める方法は知らなかった。
休憩の時間を抜け出して電話を掛ける。
出なくても良いと思った。
俺の胸の内のどうしようもない感傷を彼は知らない。
此処で出ないのなら、そのままにしよう。
またいつか、落ち着いたら会えるだろうし。
けれど、こんな時ばかりきちんとコールが途切れるのは、自分達の運命が交わっているからだろうか。
安堵と後悔と痛みが、同時に胸を占めた。
「もしもし」
「……」
「光一?どしたん、電話掛けて来るなんて珍しなあ。お疲れさん」
「……ん。剛、仕事中やった?」
「まあ、ぼちぼちな。別に平気やから話してええよ」
先回りをされて黙り込む。
忙しい時間を邪魔したらどうしよう、とか俺のいない時に俺が入り込んだら迷惑じゃないだろうか、とかほんの些細な感情の揺れを彼は簡単に汲み取った。
ちゃんと言葉に出して大丈夫、と言ってくれる彼が愛しい。
「もうちょいで始まるなあ」
のんびりした剛の声。
彼はいつからか無理をし過ぎる俺を叱る事も心配する事もしなくなった。
それは、見放されたのではなく見守る事を決意した彼の強さだ。
「うん。今年は結構準備出来てるから良い感じよ」
「そぉか。時間出来たら見に行くわ」
「あんま無理せんでええよ」
「阿呆。俺がお前の舞台見に行かんかった事あるか」
自分達の活動のスタンスは決まってしまって、今更後戻りは出来なかった。
剛は音楽、光一は舞台、お互いのフィールドに踏み込む事等もう。
だから俺達は、それぞれの距離で互いを見守る。
依存の時期は過ぎた。
「剛のアルバムは?」
「楽しく作ってるわ。やっぱ良いアレンジャーついてもらうと音楽広がるな」
「十川さん、凄いもんなあ」
「ぉん、ほんま凄いで」
子供みたいに熱の篭った声は、すっと耳に染み込んだ。
ーー彼には、不安を覚えた事がない。
「来週、収録あるんよ。知ってた?」
「え、知らん。マネージャー教えてくれんかった」
「ああ、そしたら言うたらあかんかったか。あの人、光一に飴と鞭使うからなあ」
「なんやの、それ」
「ん?光一さんを追い詰めずに、良い仕事をしてもらおうって言うマネージャーの気遣いの話や」
「もぉ意味分からんでー」
言って、笑った。剛との会話は心地良い。
彼は、一宿の後世界の何処へ歩いて行っても必ず巡り会える人だった。
今日離れても、明日にはきっとまた出会える。
人との関係を余り信用していない自分が、何の根拠もなく信じられる事だった。
剛は、どんな時でも傍にいてくれる。
離れた場所にあっても、最後の瞬間には必ず。
「じゃあ、僕も光一さんに飴をあげよう」
「何?」
「今日は何か言いたいことあったんやろ?」
「……そんなんない」
「相変わらずやねえ。舞台ん事でお前の頭一杯なんやから、余計な事は出してまい」
「剛」
「ええよ。今度のは、結構小難しい事伝えるんやろ。したら、色々考えてもしゃあない」
甘やかして欲しい。そんなに甘やかさないで。
真逆の感情が心臓に押し寄せた。
伝えた言葉を、剛は厭わないだろうか。
俺はいつまでもリアリストになり切れない。
もしもやいつかを、延々と思い巡らす弱さがあった。
そんな俺でも、剛は受け入れてくれる?
「……剛は、怖くないなあって思ったん」
「うん」
ゆったりと受話器の向こうで頷いた彼は、俺の言葉等分かっていないだろうに。
全てを見通す寛容さで俺を許す。
足りない言葉も不安も我儘も、決して強い人ではなかったのに、ちゃんと包み込んでくれた。
剛は優しい。
「俺は、誰といてももう会えないんやと思うと苦しくなる。此処から離れたら、きっと会えへん。誰も」
「うん」
「でも俺は、それをどうにかしたいと思ってる訳でもないんや。離れて行くんは仕方ない。皆自分の人生を歩いているんやから」
言葉を止める。
俺は変な事を言っていないだろうか?
伝えたい感情を上手く表現出来ないのは、舞台に立つ人間にとって致命的だった。
多分、俺はこの仕事に向いていない。
彼の様に表現者にはなれなかった。
けれど、例え剛がどれだけ聡く俺の気持ちを汲んでくれても、自分で言葉にしなければならないのだ。
俺達は、一つじゃない。
伝えなければ届かない愛情があった。
「俺は今を一生懸命生きたい。今一緒にいる人を大事にしたい。けど、未来に一人でも構わんのや」
「うん、光一が精一杯なんは知っとるよ。俺はいつもお前ん事見てる」
優しい言葉は痛い。
呼吸が上手く出来なくなりそうだった。
いつか俺はお前の愛情で窒息死するかも知れん。
もしかしたら、それはそれで幸福なんかな。
「俺は、一人で生きるの怖くない」
「……うん」
「でもそれは、結局一人じゃないのを知ってるから怖くないんやと思う」
「?」
「失わない人がいるのを知ってるから、怖くない。剛は、怖くないんや」
受話器の向こうで呼吸が止まったのが分かった。
俺より先に息出来んでどうすんの。
こんな事を告白している自分の方が、死にそうな位やのに。
「光一、」
「誰を失っても怖くないんは、剛がいるから。剛が怖くないんは、お前が俺の傍から離れないんを知ってるから。一人で生きられるんは、俺の声を聞いててくれるから」
「声?」
「うん。声。俺が呼ぶ、声」
「ああ」
「聞いて、くれるやろ?」
「当たり前や」
少しの躊躇もなく頷かれる。
剛のこの強さがあるから、俺は怖くなかった。
「俺が電話したんはな、」
「ん?」
「剛にお願いしたかったからなん」
大切な願い。臆病な願いなのかも知れない。
もしくは、言わなくても良い類いのささやかな願い。
「俺が呼んだら、来て。最期の時、絶対呼ぶから。何処にいても、来て欲しい」
「……そんなん、すぐ行くに決まってるやろ。最後にお前を抱き締めるんは俺や」
「良かった」
安堵して、携帯を握り締めた。
彼が約束をしてくれるのなら、この感傷も抱いたまま生きて行ける。
何処にいても誰といても、怖くなかった。
「光ちゃんは相変わらずつよちゃんの愛を信じてませんねえ」
「そんな事ない」
「いやいや、よぉ分かった。わざわざ言わんでも良い事お願いされる位、信用ないんや」
「違うって!」
「もうええよ。今日、直接教えたる」
「は?」
「つよちゃんの愛がどれだけ本物か。ちゃぁんと思い知らせたる。夜公演終わるまでには行くから、待っとるんやで」
「剛、スケジュールは!?」
「そんなん、どうにでもする。俺は今、名誉毀損でお前ん事訴えたい位やわ」
「剛、」
「一緒に帰って、一緒にご飯食べよ」
甘い声で囁かれて、負けたと思った。
伝える前に、やっぱり剛には悟られてしまう。
「シャワー終わる前には来てな」
「おう、俺の大事な王子様が湯冷めする前に連れて帰るわ」
それから下らないやり取りをして、電話を切った。
折り畳んだ携帯を両手で握り締める。
稽古場に戻りながら思った。
俺は、怖くない。
剛がいる。剛が思っていてくれる。
俺は、幾らでも強くなれた。
生きる事に迷いはない。
最後の瞬間を確約されているのなら。
強く生きて行こうと思った。
途中で何が書きたいのか、分からなくなった……。
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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)
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