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2025/05/25

halfway tale 42





「お前と後何回、この桜見れるんやろねえ」
 言葉が、俺に絡み付く。
 逃れられない呪縛だった。
 彼女が零す言葉一つ一つが、じわりじわりと俺の身体を浸食して行く。
 それでも構わなかった。
 俺を産んでくれた彼女を愛する為に、その全てを受け入れる。
 滑稽と言われようがマザコンと言われようが構わなかった。
 俺には他に方法が思い付かない。
「生まれ変わったら、あんたの子供になれるかなあ」
 言葉の全てに同意して、優しく笑う。
 彼女の欲しい、弱いだけの子供の振りをして。
 守られるだけ愛されるだけ、心臓が辛く痛むのを抑えられなかった。
 大切な人だと思う。
 出来る事なら、俺の全てで報いたかった。
 けれど、それは出来ない事だ。
 彼女の言葉が俺を責める棘を持つ。
 全てを返す事は無理だった。
 どんなに愛されても、俺はもう子供じゃない。
 その厳然たる事実を、本当は彼女も自分も気付いていた。
 分かっていながら続けるのは、まるでおままごとみたいだと思う。
 戻れない場所まで来てしまったのに、過去を懐かしんで立ち竦んだ。
 なあ、ごめんな。
 俺はもうあかんねん。
 たった一人、決めてしまったんや。
 俺の全てを渡す人を、自分の生よりも大切な存在を。
 もう貴方の腕の中には戻れない。
 心臓は、既に彼の手の裡だった。
 彼以上に愛せる人はいない。
 
 俺に出来るのは、彼女の傍に出来るだけいる事だった。
 何の不安もない様に、安心して愛せる様に。
 俺は、光一しかいらない。
 そんな傲慢な自分を自覚すればする程、彼女を大事にしたいと思った。
 この気持ちに嘘はない。
 愛せないから大切にするのだと、言ったらこの優しい恋人は怒るだろう。
 自分の事等棚に上げて、もっと一緒にいろ!と家を追い出される筈だ。
 だから、彼にも何も言わない。
 全てを欺いて、俺の心の中に唯一の人だけを招き入れた。
 それが、俺の選んだ生き方だ。
 ギターを爪弾く自分の後ろ、寄り掛かったソファの上で丸くなって眠る光一を見上げた。
 茶色の髪が目許を覆って、眠る彼の顔が見えない。
 子守唄の様に俺の歌を聞く恋人が愛しかった。
 他に何もいらない。
 俺が欲しいのは、光一と音楽だけだった。
 愛する人と、愛する人の為に奏でる音、それだけで構わない。
 他の何も、俺の心臓に入り込む余地はなかった。
 危険な恋をしていると思う。
 結局、彼女には孫を見せてあげられないのだ。
 望むものを何一つ与えられない癖に。
 本当は、与えたいとも思っていなかった。
 傲慢な自分は、醜い。
 光一は、こんな俺を知っているだろうか。
 知らなければ良いのにとは思うけれど、きっと聡い彼の事だ。
 ちゃんと気付いていて、でも見ない振りをしてくれている。
 彼は昔から何も言わなかった。
 最初は言葉の足りない子だと思って一緒に過ごして来た。
 何年も何年も無口になりがちな彼の声を引き出そうとして。
 けれどある日、気付いてしまった。
 俺が喋れない程落ちてしまった時に、やっとその真意に思い当たったのだ。
 光一は、言葉の持つ力を知っている。
 それ故に行使しないのだと。
 幾ら言葉を発しても伝わらない無力さも、時には人を殺す程の威力がある事も全て。
 虚しさも怖さも知っているから、彼は口を閉ざす。
 言葉がなければ生きて行けない自分とは一線を画していた。
 光一は潔く悲しい心を抱えている。
 人に言葉を強要しないのは、傷付いた自分がいるからだ。
 言葉に傷付いて死にそうになった過去を恐れている。
 それは、俺が付けた傷だ。
 可哀相な生き方をしている人だった。
 爪弾く手を止めて、ソファーを振り返る。
 穏やかな寝顔に安心した。
 苦しい感情ばかり与えてしまったのに、それでも彼は真っ直ぐ生きている。
 怖い位に。
 緩く握られた指先に手を伸ばして、そっと重ねる。
 冷えた指先は、彼の優しさを伝えてはくれないけれど。
「愛してる」
 何も欲しがらない光一は、愛の言葉も望まないけれど。
 言葉がなければ生きて行けないのは、俺だけだ。
 彼女の声がリフレインする。
 後、何度。
 彼と同じ季節を過ごせるだろう。
 こうして傍にいられるだろう。
 永遠の愛は、誓えない。
 それでも一緒にいたいと思う気持ちを、愛したいと願う傲慢を、どう伝えたら良いのだろう。
「光一、愛してくれんでもええから……」
 祈るように呟く。
 彼の鼓膜を振るわせない様に、密やかに。
 その魂ごと大切なのだと打ち明けたい。
「生まれ変わらんで、ずっと此処にいて」
 あの、桜の下で。
 永遠に俺を待っていて。



ちょっと時期外れになってしまいました(^^;



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2011/02/11 halfwaytale Trackback() Comment(0)

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